• 夜桜の奇跡

  •  桜宮公園、ここは名前の通り公園の木すべてが桜だ。
     だから桜の季節になると、公園中の木が一斉に開花して桜色のドームを作り上げる。
     上を見上げれば桜色の空、少し風が吹けばパズルのピースのような花びらが、欠け落ちてくる。
     無論、日中は花見の客ですさまじい賑わいを見せる。
     そんな公園でも夜中の二時となると誰もいなくて静かになる。
     俺はこの公園が好きだ。
     正確にはこの公園に咲く桜が好きだ。
     綺麗に咲き誇る桜たちの中で、今はもう咲いていない一本の老木。
     俺の用事はこの老木だ。
     別に枯れているわけではない……ただ咲かないのだ。
     昔は公園一綺麗だった記憶がある。
     俺が子供の頃は、この木が一番綺麗だった。
     この木には色々な思い出がある。
     眺めてるとなんとなく思い出してしまう。
     
     
    「お母さーん、この桜綺麗だねー」
     幼稚園にはいって最初の年に見た桜、それがこの公園の桜。
     でも僕が綺麗だと言った桜は、今年で切られてしまうという話もそのとき聞いた。
     理由は確か……公園内の整備?
     確かそんな理由だったと思う。
     そんな理由で、こんなに綺麗な桜が切られるのは嫌だと子供心に思った僕は、親に泣いてすがった。
    「こんなに綺麗なのに切っちゃ、めー」
     今思うとぜんぜん説得力がない……。
     お母さん、そんな子供の必死の思いをよく汲み取ってくれたね。
     翌日、お母さんがこの公園に来る他の子供のお母さんたちと話をし、やはり切るのは勿体無いと結託。
     役所に申請、なんとデモまでやったのだ。
     お母さん、あなたは偉大だ……子供の『めー』でそこまで動くお母さんは他に居ないよ。
     そのおかげでこの桜は今でもここにいる。

    「うわぁーん お母さん何処ー?」
     花見の季節によく見られる光景、それは迷子。
     公園の規模がでかい上に何処を見ても同じような桜が咲いてるため、必ず子供が迷子になる。
     僕ももれなく迷子になった。
    「お母さーん……ひっく」
     迷子になったら公園の一番立派な桜の前に行くように言われて僕は、一応行った。
     だけど花見に夢中になってる大人は迷子の子供なんてちょっとやそっとじゃ気付かない。
     まぁそんなもんだよね……。
     僕はお母さんが来ないことで余計不安になって泣きじゃくった。
     そんな時だった。
    「どうしたの?」
     綺麗なお姉さんに声をかけられた。
    「お母さんがいない……」
     泣きながらお母さんとはぐれたことを伝えたけれど、子供ながらにこの人きれーいとか思ってた。
    「大丈夫 きっとすぐ見つかるから、ね?」
     そのお姉さんはやさしく頭を撫でてくれて……すごい優しい笑顔だったから安心して泣き止んだ。
     そうこうしてるうちにお母さんがきて、僕は戻った。

     それから数日後、僕は今度はその桜の前に座って、拗ねていた。
     するといつの間にか、迷子のときに声をかけてくれたお姉さんが横に座ってた。
    「どうしたの? 今日は何があったかな?」
     やっぱりあの優しい笑顔で聞いてきた。
    「皆が僕のこといじめるんだ」
    「どうして?」
    「体育とかそういう運動苦手で、すぐに息があがっちゃうんだ そしたら皆が『お前の体は欠陥だ』って馬鹿にするんだ」
     泣いてたまるかと、唇をぎゅっとかみ締めて堪えてた。
    「そんなことないよ、そんなことを言う子の心が欠けてるんだよ」
     そう言って優しく抱きしめてくれて、頭を撫でてくれた。
     優しい笑顔に癒された気がした。

     それから数週間後、僕は沈んでいた。
     病院で検査受けた結果、どうやら心臓病らしい。
     小学校3年生にはきつすぎる事実、余命もって3年。
     僕は何もかもが嫌になって、気付いたら桜の前に居た。
    「あらあら……今度はどうしたの?」
     いつものようにお姉さんが現れて、慰めようとしてくれる。
    「僕もう死ぬらしい……」
    「え!? 何があったの!?」
    「心臓病なんだって、もう3年しか生きられないって言われた」
    「大丈夫……絶対私が守ってあげる」
     優しくいつものように抱きしめてくれたけれど、ひとつだけ違ってたことがあった。
     いつもより力が込められていて暖かかった。
     だけど苦しいとかは感じなかった。

     それから3年経ち、無事中学へ進学。
     余命宣告受けたのが嘘みたいに元気な中学生へと成長していた。
     お姉さんがいるかと思ってあれからほとんど毎日行ってみたけれど会えなかった。
    「無事中学に進学したよって教えたかったのにな……」
     そう、あれからお姉さんを見ることが無くなってしまったのだ。

     そして高校に入る頃に、なんとなく気づいたことがあった。
    「高校にまでいけたよ 今も元気だよ」
     俺は例の桜に報告をするようになっていた。
     俺が元気になって年を重ねれば重ねるほどに、この桜の元気が無くなっていった。
     そしてとうとう花を咲かせる元気が無くなってしまった。
     俺はその時に思った。
     お姉さんは桜の精だったじゃないだろうか、と。


    「あれから二十年……俺がここまで生きられたのは、君が守ってくれたからなんだろ? ありがとう」
     老木の幹を撫でながら今までのお礼を言う。
    「俺に力を使ってるから咲けなくなったのならもういいんだよ」
     すっかり寂しくなってしまった枝を見つめながら話を続ける。
    「君のおかげで楽しい人生だったよ。 最期のお願い聞いてもらってもいいかな?」
     周りを見渡し、満開に咲き誇る桜を見る。
    「ここの桜は全部綺麗だけれど、もう一度だけ綺麗に咲く君が見たい」
     心臓が痛くなってきたけれど、苦しい顔は絶対しない。
     最後まで笑顔でいようって心に決めたから。 「……くっ」
     でも、やっぱり苦しくて立ってられなくて、座ってしまった。
     ふと、風も無いのに周りの木がざわつき始めた。
     ざわ……ざわざわ……。
     微かに声が聞こえる気がする。
    ――私たちを綺麗と――
     ざわざわ……。
    ――この男の願いを私たちの力で――
    ――彼女に力を集めて――
     ざわざわざわざわざわ。
     一斉に木々がざわめくと、あたり一面が桜吹雪の世界。
     でも通常じゃ絶対ありえない桜吹雪、この老木にすべてが集まっていく桜吹雪。
     満月の光がスポットライトのように老木に降り注ぐと、力を取り戻したのかつぼみが出来た。
     つぼみが出来たと思ったら一気に満開にまでなった。
    「うん……やっぱり綺麗だ」
    「守りきれなくてごめんなさい……」
     子供の頃に見た姿とまったく同じ姿で彼女は出てきた。
    「やっぱり君は桜の精だったんだね」
     昔に自分が貰ったのと同じ優しい笑顔で返す。
    「あなたが守ってくれたように、私がずっと守るって約束したのに……」
    「いや、君のおかげで楽しい人生だった ありがとう」
     暖かい視線を感じ、周りの桜を見渡す。
    「最後の願いを聞いてくれたのは君たちだろ? ありがとう」
     他の桜の精たちも見たいと思ったけど、もう限界のようだ。
    「昔みたいに抱きしめてくれないかな」
     胸を押さえ、出来るだけ苦しい顔はしないように気をつけた。
    「最期はあの頃みたいに君の胸で眠りたい」
    「安らかに眠れるように導いてあげる」
     そう言って彼女はうっすらと涙を浮かべながら微笑んだ。
    「その笑顔変わってないなぁ」
    「お休みなさい」
     彼女に抱きしめられるだけで、痛みが消えていくようだ。
    「あぁ……やっぱり暖かい……や」
     満面の笑顔を最後に浮かべて俺の意識は消えた。

     月のスポットライトが男を照らすと体から光の玉が出てきた。
     彼女はそれを愛しそうに抱きしめると、そっと空へと還した。
     翌日、二十年ぶりに見事に咲いた老木の根元で、笑顔のまま冷たくなってる男の姿が発見された。

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