• 第四話 譲れない信念

  •  走りだした禁軍は、半日で各街へとたどり着く。
     鬼軍は街からは見えない位置で軍を止め、数人を選抜し街の中へと潜入させる。
     報告によると、逃げ遅れた住人が十人程度に分けられ、見張りが五人はりついて五箇所に隔離されていて、街の各門には二人ずつ見張りが立っているとの報告だった。
     残りは周囲に警戒しつつ、央都へ攻めあがる準備をしており、全体の人数は報告のあった人数の三十倍ちかい六百十名ほどに膨れ上がっているとの事だった。
     央都まで攻めあげさせる訳にはいかない……相手に気付かれる前に住人の解放をした上で、包囲を同時に完了させる必要があった。
     そこで龍は飛と話し、剣鬼軍と兵鬼軍それぞれの百人隊五部隊で住人の解放・護衛にあたり、それぞれ率いてきた千人隊第一隊で完全に包囲し、兵鬼軍の総攻撃の後に剣鬼軍で一掃する作戦へ出ることにした。
     残りの千人隊は央都に残していた。
     禁軍を外に向けた後、央都で決起する可能性が考えられるためだった。
     まず殲滅ありきで誰も生かして捕らえるつもりなど最初からなかった。
     元々、話し合いで投降するような相手なら配備兵で事足りるわけで、人質をとり街を占領する者に情などいらないというのが二人の結論だった。
     まずは門の見張りを暗器が得意な者で静かに眠ってもらった。
     内部へ入ると、行動は全て迅速に完了せねばならなかった。
     気付かれれば人質となっている住人たちを盾にされてしまう上に、最悪の場合人質の命がないからだ。
     伝令蜂で連絡を取り合い、まずは人質の見張りを倒し、人質を解放し、そのまま護衛につかせ、安全を確保した後、剣鬼軍で本隊を取り囲む。
    「……静かすぎないか? 辺りを調べるんだ」
     隊長と思われる男が周りの空気の変化に気付き、辺りを調べさせるべく、部下を数人見回りに出させるが、見回りに出た部下達は全て剣鬼軍によって倒され、戻ることは無かった。
    「全員戻ってこないとは……禁軍がいるのか!?」
     禁軍の存在に気付いた時には既に遅く、四方を火柱と氷柱で囲まれ逃げ道を絶たれたところへ兵鬼軍の魔法攻撃を叩き込まれた。
     直撃を受け次々に倒れていく魔導帝国軍だったが、なんとか直撃を免れた者が反撃に出るべく、武器を手に火柱の中を次々と飛び出してくる。
     だがすでに、そこには剣鬼軍が待ち構えており、あっという間になぎ倒されていく。
     攻撃を仕掛けてから三十分、剣鬼軍以外でその場に残っていた者は指揮していた男が一人だけであった。
    「ほぅ……まだ立っている者がいるとは」
     ゆっくりと歩いてくる男に、自ら前に出る龍。
    「……思ったよりもえぐい手を使ってくれるじゃないか?」
     あれだけの人数に襲撃されていたにも関わらず、この男の体には傷がほとんどついていなかった。
     そして、そんな中ですら将軍である龍を見つけ出し、目の前にまでたどり着いていた。
    「どうせ説得したところで降参など貴様らにはありえぬ話なのだろう?」
     剣を向けられ睨まれている状態ですら、何処か笑いを含み見つめ返す龍。
    「当たり前だ……我らが誇り、魔導帝国を取り返す為なのだからな!!」
     怒気を含んだ声を張り上げ、龍に向かって剣を横薙ぎに構えるが、その怒気すら軽く受け流し、自らも刀を抜き放ち、男に問う。
    「最後に名前を聞いておこう……俺は龍、貴様は?」
    「俺の名前は宋だ、お前を倒せばまだ道は開かれる!!」
     宋と名乗り、まっすぐに突っ込んでくる男の横薙ぎの剣に対し、二刀を自分の真横で十字に構え、右足を後ろに一歩ひくと腰をゆっくり落とし、迎え撃つ。
     キィン!!
     宋の横薙ぎの一撃が龍を捕らえる直前、左手の刀がそれを阻止する。
    「セイッ!!」
     右手の刀で袈裟斬りに振り下ろすが、それを間一髪でかわされる。
     後方へ一足飛びに飛び体勢を整える宋に対し、ニ刀共に鞘へと戻し、一刀のみで居合いの構えをとる龍。
    「なかなかやるな……だが、お前を倒さねば魔導帝国復活の夢は潰える!! うおぉぉ!!」
     上段に構え、叫びながら突っ込んでくる宋。
    「過去の亡霊を蘇らせる訳にはいかないんだよ、そのまま眠っていろ!!」
     宋が間合いに入った瞬間、龍の右腕が一瞬動いた。
     二人の体が交錯する直前に微かに閃光が走り、三日月が見えたかと思えばそのまま宋は龍の横を倒れていく。
    「一刀流居合術三日月……貴様に三日月の光は、見えたか?」
     静かに龍が話しかけると、宋は微かに笑い、呟いた。
    「ふっ……化け…物……め」
     西苑にて蜂起した魔導帝国軍の最後の男が倒れた。
    「よし、全員帰還するぞ!! 特に伝令がこない限り急ぐ必要はなし、全員お疲れ様!!」
     龍が右腕を高くかざすと、一斉にオー!!という声が響き渡り、その声は街に平和が戻ったことを示した。


     一方、雲のほうは東蓬へ向かう途中で考えていた。
     たとえ蘇らせるわけにはいかない過去の亡霊だとしても、今の寿恩国で生きる者……斬り捨てずに生かしたまま捕らえたい、と密かに思考を巡らせていた。
     雲は伍慎と相談し、出来うる限り捕らえる方向で話が纏まった。
     街へ着くと、やはり門には見張りが立っていたが、数人が気配を絶って近づく。
     一人がわざと目の前に現れ注意を引くと、二人が死角となった位置から一気に当て身で気絶させて生かして捕らえた。
     静かに街の中へ潜入すると、同じ方法で人質の見張りも倒していく。
     その間に取り囲むように魔弓軍を建物に配備し、伍慎は雲の判断を待った。
     魔槍軍も包囲完了した後で、雲は魔導帝国を名乗る者たちの前へと自ら出て行った。
    「寿恩禁軍が一つ、魔槍軍の旅団長雲だ」
     突然目の前に現れ、旅団長と名乗る男に彼らはざわつく。
    「俺が新魔導帝国軍を率いている、名を魯と言う」
     ざわつきを治めつつ、魯と名乗る男が前へと出る。
     相手の将を確認すると、雲はすっと手を挙げた。
     隠れていた魔槍軍が現れ周囲を一瞬で囲み、それに続き魔弓軍も窓や屋根から弓を構え、現れる。
    「見ての通り包囲は完了している、素直に投降すれば査問会までの命を保障しよう」
     魯と名乗った男は周囲を見渡し、暫く考えた後で剣を捨てた。
    「解った……素直に投降しよう、兵の命は保障してくれ」
     雲は、話せばやはり分かり合えると喜び、縄をうつために魯に近づいたが、魯は雲が間合いにはいると捨てた剣を拾い、いきなり斬りつけた。
    「馬鹿め!! お前さえ倒せばいくらでも体勢など持ち直せるわ!!」
     投降する振りを演じ、近づいたところを最初から斬り捨てる積もりだったのだ。
     とっさに後ろに飛びのいたが、信じきっていた為に反応がわずかに遅れ、パッと血飛沫が舞う。
     斬られた胸を左手で押さえ、よろつきながらも体勢を整えた。
    「貴様……はなから不意打ちを狙って」
     ぜぃぜぃと息も荒く睨みつけるも、鼻で笑い返される。
    「信用するお前が馬鹿なのさ。野郎ども、一気に畳み掛けるぞ!!」
     魯が剣を高く掲げると、静まり返っていた兵たちも武器を掲げるが、伍慎の叫びがかき消す。
    「雲殿、無事ですか!? 魔弓軍総員狙え、撃て!!」
     その一言で一斉に矢が放たれ、次々と倒れていく中、逃げ道を求め魔槍軍へと突っ込んでくる。
    「私は大丈夫だ!! 総員迎え撃て!!」
     雲もなんとか体勢を整え、突っ込んでくる相手を迎え撃つ様に指示を出す。
     二十分もすると、魯以外の魔道帝国軍は誰も立っていなかった。
    「素直に投降しろ……もう貴様以外は倒れた」
     魔法で傷を塞ぎつつ、魯の前へ出る雲。
    「やかましいっ!! お前を倒して魔道帝国を築く!!」
     切っ先を雲に向け、顔の高さで地面と平行に剣を構え、重心を低くして突っ込んでくる魯に対し、右足を一歩後ろに下げ重心を低くし地面と平行に槍を構えるが、穂先ではなく柄の後ろ部分、石突の部分を相手に向ける雲。
    「生かして捕らえる……これは絶対に曲げない」
     突き出された剣が槍の間合いに入った時、雲の右足が地面を蹴った。
    「ここでお前は倒れるんだ!!」
     叫びながら突き出された剣を弾き飛ばすかのように、踏み出された右足の勢いをそのまま腰の回転へ繋げ、腰から肩、肩から腕へと螺旋の力が伝わり、槍が螺旋の力を得ながら前へと突き出される。
    「一幻流槍術鈴鳴……鈴の音が響いた時、貴様の時は止まる」
    −リィィ……ン−
     槍が相手の心臓を捕らえる直前、鈴が鳴る音が響いた。
    「かはっ……!!」
     心臓に衝撃が走り、魯の動きが一瞬止まるが、そのままゆっくりと膝から崩れ落ちていく。
     一瞬の静けさの後、一斉に沸き起こる魔軍の勝利の叫び。
     東蓬にも平和が戻った瞬間であった。
    「全員を捕縛し、連れ帰るぞ!!」
     倒れている者全員を捕縛し、央都へと戻る魔軍一向。


     禁軍全てが再び王の下へと戻ったのは夜の闇が辺りを包み込む直前の黄昏時であった。
     黄へ報告をする旅団長たちであったが、一人だけ明らかにぼろぼろなのが誰の目から見ても一目瞭然であった。
     やがて、黄が重い口を開いた。
    「今回の件、全員ご苦労であった……但し、雲よ」
     雲のほうへ視線を移し、軽く咳払いをしてから続ける。
    「そんな傷を負う前に今回は断罪をせよと命じたはずだ……何故そこまでの傷を負って生かして捕らえた」
     言葉こと静かだが、目は怒っていた。
     王の命じたのは捕縛ではなく断罪、深手では無かったと言えど傷を負ってまでの捕縛は命令無視と言える。
     王の息子であっても立場は国王に従う禁軍の旅団長なのだ、責められても仕方のないことだった。
    「命令に背いたことはお詫びいたします……しかし、改心する時間を与えるのは私の信念……断罪しては信念を曲げることになります、曲げることは出来ません」
     まっすぐな瞳で父である王を見据え、命令に背いた理由を話す雲を笑い飛ばす声が響いた。
    「はっはっはっはっはっ……笑わすな!! 魔導帝国を滅ぼした血筋のお前らが人に改心を求めるだと!? 俺の心は魔導帝国を再建するまで変わりはしない!! 次に会ったときはお前の首を切り裂いてやるよ!!」
     捕縛した魯が笑い、次こそは倒してやると悪態をついたのだった。
    「そうか、お前が雲を騙まし討ちした奴か……お前のような奴がいるから何時の時も純粋な者が傷つくんだ」
     そう静かに言い放つと、龍は刀を抜き、袈裟切りに斬り捨てた。
    「守るためには断罪もいとわない、それが俺の信念だ」
     雲を見下ろし、そう呟くとまた王の前へと跪く。
    「雲の言い分もわかったが、今の龍の行動を否定する理由もない……捕縛されても尚あの態度では改心しなかったであろう」
     二人の兄弟を交互に見ながら、怒るわけでも責めるわけでもなくただ静かに話す。
    「無事蜂起を鎮圧したのだ、全員下がってゆっくり休むがよい」
    「ははっ」
     玉座の前から全員が下がり、龍も自分の部屋へと戻っていった。
    「雲よ、やはりお前は優しすぎる……また負わなくても良い傷を……」
     ベッドに横たわり、天井を見ながら呟く龍であった。
     雲は、部屋へ戻る前に傷の治療をする為に治療室へと寄っていた。
    「それでも私は……罪を許し、改心するのを待ちたい」
     椅子に座り治療を受けながら、床を見つめ呟いた声は誰に届くことも無かった。
    「どちらも信念を曲げようとはせんか……龍に継がせたとしても曲げることはなかろうし雲に継がせたとしても同じか……」
     それでも選ばなくてはいけない時間が刻一刻と迫ってきていることを黄は理解していた。
     そんな中、二つの選択肢の答えを出す事件が起こった。
     それが最大の悲劇の引き金になろうとは誰にも予測できない事件が……。



     自分を貫くために曲げるわけにはいかない信念
     お互いを思いあうからこそ、譲れない信念が二人を交わらない未来へと誘う
     二人が一緒に笑いあえる未来への道は、もう閉ざされたのか……

    ページのトップへ戻る  NOVELトップページへ戻る  トップページへ戻る