• 第参話 すれ違う心

  •  禁軍が鬼軍と魔軍の二師団に分かれ、不正を行っている者たちの捕縛や盗賊たちの取締りを行い始めて二年が経とうとしていた。
     以前に比べ、機動力・即断力共に上がっていることも加わり、成果はあがっていった。
     しかしその場で処罰を下さずに、必ず査問所へ連行せねばならない上、下される刑罰は更生を目的とする処罰が基本の為、刑から解放された後で再度犯罪へと走る者が後を絶たず、悩みの種となっていた。
     黄は龍と雲を執務室へと呼び、対応策を話し合っていた。
     執務室といっても、部屋にはいってすぐのところには四人掛け用の机と椅子四脚があり、その奥に仕事用の机と椅子があるため、ちょっとした会議に使われることが多い。
     龍と雲が横に並んで座り、対面へ黄が座る形で話し合いは進められていた。
    「再犯の者や極悪の者は連行せずその場で断罪すべきだ!!」
     龍が右拳を机に叩きつけると、部屋中にダンッ!!という音が響き渡る。
     叩きつけられた机はカタカタと揺れる。
    「でもそれは力で押さえつけるだけです、それでは何も変わらない」
     揺れている机を左手で押さえ、あくまでも冷静に話を続ける雲。
    「お前の言ってることは解るが、今はそれでは無理だと言っているんだ」
     王道が大切なのは理解している上で、それでは駄目だと諭す龍。
    「それでも王道を貫き、寛容な心で相手に接して、更正を信じるべきです」
     だからと言って、覇道を進んでは心が荒れると反論する雲。
     二人の意見は交わることなく、いつも平行線を辿って終ってしまう。
    「もういい……今日は二人とも戻りなさい」
     それぞれの部屋へと戻った後も三人とも悩んでいた
    「曇……お前は優しすぎる」
     ベッドに深く腰かけると呟く。
     どんな相手であろうと捕縛せねばいかず、抵抗が激しい時や相手の力が強い場合、旅団長自らが一対一でねじ伏せ捕縛する為、傷を負うことがしばしばあるのだ。
     なるべく説得による投降を試みる曇はどうしても傷を負いやすかった。
     禁軍の旅団長となり、この二年の間だけで曇の体に刻み込まれた傷跡はかなりの数だった。
    「俺はただ、お前に傷を負って欲しくないんだ」
     心優しき曇が傷付くのを龍は耐えられなかった。
     そのため、その場での断罪が出来るよう主張していた。
     全ては弟を守りたいが為の覇道であった。
     その曇はというと、部屋に戻った後、椅子に軽く腰掛け、机に突っ伏していた。
    「何故兄さんは覇道に……覇道では憎しみが生まれてしまう」
     査問所で犯罪に至るまでの経緯や環境、情状酌量の余地があるのか無いのかを調べた上で刑罰が下されるのだが、これは寿恩国の国民なら誰しもが受けることが出来る権利であり、その権利を無視しての断罪などは行ってはいけなかった。
     犯罪者とはいえ、当然家族や親類友人が居る以上、その当然の権利を剥奪してしまえば残された者たちが断罪者を恨み、新たな怨恨を生み出してしまうだけだからだ。
    「王は憎しみの対象になってはいけない……慕われ尊敬される対象にならなくては」
     兄の龍が王になった時のことを考えると、断罪をした過去があれば、そこから憎しみの対象となってしまうことを恐れていた。
     王の右腕としてずっと傍にいる決意をしている雲にとって、大事なのは兄への周りの評価であり、兄が慕われ尊敬される為なら、いくらでも傷を負う覚悟だった。
     そんな二人の心が解るからこそ、黄は悩んでいた。
    「二人とも王位につけたいが……無理な話だな」
     机の上に飾ってある写真を手に取り、写っている人物に話しかける。
    「鈴華……こんな時お前だったらどうするかね」
     写真に写っている人物、鈴華は黄の妻であり、二人の母だ。
     二人が十歳になった時に病に倒れ、色々と治療法を試してみたが、倒れてから三年、ついに還らぬ人となった。
     それ以来、黄は再婚もせずに悩むといつも遺影に話しかけていた。
    「副国王……それも国を割る憂いになってしまうか…」
     本来ならもっと時間をかけて見極めるところなのだろうが、黄にはわずかな時間しか残されてなかった。
    「寿恩をどういう国に導くか、か」
     一人悩み、日が変わってから眠った黄の元に、伝令が着いたのは翌朝、太陽が昇る直前の夜の闇が一番濃い時間帯であった。
    「黄王様―!! 大変でございます!!」
     ただならぬ様子に、一瞬で眠気が飛んだ黄が即座に玉座へと急ぐと、伝令に走ってきた兵士が、既に左膝を床につけた姿で控えていた。
     しかし、その姿はただ伝令で走ってきただけとは思えぬ程に、ぼろぼろな姿で、激しい戦闘をしてきたのは誰の目から見ても明らかであった。
    「何事だ!?」
     よほど急いできたとみえ、兵士の息はまだ落ち着いておらず、息を整えながら報告を始める。
    「西苑にて新魔導帝国軍を名乗る者ニ十数名が、蜂起をいたしました 全兵力をもって鎮圧にあたったのですが、勢いは止められず、西苑が落ちる前に伝令に走りました所存」
    「何だと!?」
     魔導帝国を名乗る者の手によって、西の町が陥落したという衝撃の報告を受け、黄は動揺していた。
     そこへ、今度は東の町の兵士が同じようにぼろぼろになりながら駆けつけてきた。
    「ご報告申し上げます、東蓬にて二十余名が蜂起いたしました!! まだ何とか持ち堪えてはおりますが、このままでは攻め落とされます!!」
     西に続いて東でも同時に決起した報告がはいりこみ、一瞬言葉を詰まらせたが、すぐ落ち着きを取り戻し、まず確認をする。
    「その者たちは新魔導帝国軍を名乗っていなかったか?」
     報告する前にその名前が出たことに、今度は兵士のほうが驚きを隠せなかった。
    「その通りでございます!! まさか……東蓬の他でも蜂起が!?」
     玉座の間に居る者たち全てに衝撃が走り、焦りの色が浮かび上がる。
    「東と西の同時決起か……恐らく事前に取り決められていたことだな」
     二、三秒黙ったかと思うと、一斉に指示を出し始める黄。
    「禁軍全旅団長を緊急招集、第一級警戒態勢で大門前にて待機の旨、全千人隊隊長の伝令蜂へ指示を飛ばせ!!」
     十分後には龍、雲、飛、伍慎の四名が玉座の間に揃っていた。
     四名全員が黄の前にて控えると、黄は指示を飛ばす。
    「西苑、東蓬で魔導帝国を名乗る者が蜂起した。 西苑には龍、飛の鬼師団、東蓬には雲、伍慎の魔師団であたれ 無理に捕縛せず、難しければ斬り捨てよ!! 過去の亡霊を今の時代に目覚めさせるな!!」
     いつにない黄の剣幕に一瞬で全員の気が引き締まった。
     そして禁軍が西と東へと走り出した。



     悲劇の扉は開かれ
     すれ違った心のままに悲劇は走り出す
     走り出す悲劇を目にした時、人は祈る
     誰か、この悲劇を止めてくれ、と……

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