第六話 闇の覚醒
あの事件から二ヶ月が経とうとしていた。
雲はやっと集中治療から定期治療へと切り替わっていた。
傷が深く治療魔法を施してもぎりぎりを保つのが精一杯な状態だったのだ。
原因は刃に施されていた魔法にあった。
毒に侵される魔法と石化させる魔法の二つが組み合わさった魔法が施されており、両方を同時に治療していかねば助からない状態にされていたのだ。
やっと回復の兆しを見せ始めている雲を見て、龍はほっとしていたがそれと同時に今、自分が置かれている状況にいらつきを覚えていた。
キレていたとはいえ、やりすぎてしまったのが原因で、龍を擁護する意見と非難する意見とで評議会が真二つにわかれていた。
だが、捕らえられた男が黒幕として挙げた名前が、元王家の側近の一人、礫だったことから事態は急変した。
礫はすぐさま査問会に召喚され、二人に対して尋問が開始された。
「違う!! 私は関係ない!! こんな男など知らない!!」
開始早々関係を否定する礫だったが、椅子に固定された男がそれを否定する。
「そりゃぁないでしょう? 貴方に雇われた結果がこれですよ?」
「うるさい、黙れ!! なぜ私が暗殺など企てなければならないんですか!? 鈴華様が病気になられた時だって懸命にお世話を…」
身振り手振りを加えて熱弁する礫だったが、最早死しか残されてない男は冷ややかに突っ込む。
「その鈴華だって貴方が病気に見せかけて殺したんじゃないか」
その発言に一気に査問会がざわつき始める。
病死とされていた鈴華の死までもが、礫の計画による死だったという事実が、今初めて明かされようとしているのだ。
「黙れ黙れ黙れぇっ!! 側近として仕えた私よりこんな分からない男の言を信じるのですか!?」
必死に叫ぶ礫の前に、傍聴席から静かに黄王が歩み寄り、重大な事実を告げる。
「礫よ……鈴華はお前の仕業だということに気づいていたよ?」
礫の顔が蒼白に染まっていくと、静かに崩れ落ちた。
「それでも言わなかったのは龍たちに手を出させない為……自分に向いている間は手出しをしないだろうと思ってな」
初めて明かされた衝撃の事実と母、鈴華の想いを知り、龍と雲の二人は涙を目に溜めていた。
「お前がいない間に、鈴華は自分の体に入り込んでいる病魔を排除する為の抗薬を必死に作っていた」
病気によりどんどん衰えていったが、自分たちの前では笑って見せていた母の姿を思い出し、堪えられず涙を流す龍と雲を横目に見ながら、黄王は話を進める。
「その抗薬も自分に使う為ではなく、いつかお前が子供たちに同じ手段を用いた時に守る為、ただその為に作っていた」
黄王の拳がぎりぎりと、悔しさを堪えるかのように握り締められていることに気付く者は誰もいなかった。
「くっそぉぉぉぉぉ……こうなったら黄王、貴様の命だけでも貰い受ける!!」
礫は椅子から飛び出すと、すばやく魔法を構築、一本の剣を召喚する。
剣を掴むと一直線に、黄王へ斬りかかる礫だったが、黄王の右後方から飛び出した龍と同時に左後方から飛び出した雲によって動きを止められた。
龍がまず、剣を持っている礫の右手首を掴み、捻り上げ、肩関節を極め、雲が礫の顔面めがけて左中段蹴りを放つ。
その場に崩れ落ちる礫はすぐさま捕らえられ、男と共に並べられる。
「この国ですらここまで穢れている……全ての穢れを取り除かなければ同じことの繰り返しになる……!!」
龍はそう呟くと、礫と同じ魔法を構築し、己の2本の刀を召喚した。
先ほどの魔方陣を一瞬見ただけで、構成を自分のものとし、自分の刀を召喚する魔方陣を作り上げたのだ。
あまりの速さに誰もが、止められない、そう思った瞬間だった。
「止めるんだ、龍」
黄王がとっさに礫と龍の間に入り、刀を止めていた。
「なぜ止めるのです、父上!母上の仇、そして雲を殺そうとしたこいつらには死をもって償いを!!」
刀を握る手に一層の力が増していくが、黄は杖で受けきっていた。
「今のお前の心は怒りや憎しみで覆われている、そんな心で斬ればお前もこの者たちと何も変わらない!!」
黄王は杖に力を込めると、龍の刀を押し返し、壁へと龍を弾き飛ばす。
「穢れは消さなければ純粋なものを壊す……だからその前に俺の手でこの男を!!」
壁に背中を打ちながらも刀を手放さず、礫から目を離さない龍に対し、黄王は少し寂しい顔を見せると幼い子供を諭すように話す。
「龍よ、恨み憎しみの心で相手を裁いてはいけない……慈悲の心で裁かねばならんのだ」
父、黄王の言葉に一瞬力が弱まるものの、すぐに刀を握る手に力が込められていく。
「穢れに慈悲などいらない!! 俺は、俺は……この男を、全ての穢れを許さない!!」
そう叫んだ時、龍の流している涙が血の涙へと変わっていった。
「私は自分の子にすら心の道を示してやれてなかったのか……不甲斐ない父を許せ、龍よ」
哀しい笑みを浮かべると黄王は杖に、そして腕輪に魔力を集め始める。
「父さん、兄さん!? 止めてください!!」
雲の叫びも虚しく、両者は激しくぶつかり合い、爆音と共にお互い後方へ弾け飛ぶ。
誰もが止められず、見守るしかない中、突然天井に門が現れた。
「あれは……世界を繋ぐ門!?」
雲が叫ぶと、黄王が動きを止め、龍もまた止まり門を見つめる。
「いったいどちら側の門が」
黄王はそう呟くと、ただただ門が開くのを待つしかなかった。
この世界に現れる門は霊獣界の長である白麒麟が開ける門と、神魔界の長である黒麒麟が開ける門の2つがあり、どちらが開けたのかは出てくるまで分からないからだ。
現れたのは黒麒麟だった。
「神魔界の長、黒麒麟がなぜここへ?」
黄王が驚きを口にすると、黒麒麟はそちらへ顔を向け、その問いに答え始めた。
「世界の実態を見せてやろう……どれだけ世界が穢れに覆われてきているかしかと見るがいい」
そう言うと、横に画像が浮かび上がる。
それは世界で行われている不正の映像だった。
賄賂を受け取り、犯罪を見過ごす兵士や、そんな兵士や自治を任命された官吏を批判したせいで無実の罪で投獄される街の人々。
そういった映像が次々に映し出されていった。
「こ、これは……」
黄王が唖然としている中、高笑いをしている者がいた。
皆の視線を集める先にいたのは、やはり龍であった。
「やはり世界は穢れに満ちてきている……その穢れ、俺が全て消し去ってくれる!!」
笑いを止めると黒麒麟のほうへ視線を移し、両腕を広げ叫ぶ。
「黒麒麟よ、その穢れに憂いてるというのなら俺に力を貸せ!! 俺と融合し、世界を浄化するんだ!!」
突拍子もないことを叫ぶ龍に、誰もが耳を疑った。
黒麒麟は無言で龍を見つめると、姿を黒い霧のようなものへ変え、龍を覆っていく。
「兄さん!!」
霧に覆われていく龍を連れ出そうと、雲が手を伸ばすが霧に弾かれてしまう。
「くっ……だったら!!」
雲も先ほど見た魔法陣の構成を使い、自分の槍を召喚する。
「こんな霧、払ってみせる!!」
槍を薙ぎ、霧を払おうとするが途中で誰かに掴まれ止められてしまう。
「良かった、声が届いたんだね? そのまま握っていて、今引っ張り出す!!」
だが、いくら引こうとしても一向に動かない槍と龍。
「兄さん!?」
龍の意思で踏ん張り留まっているとしか思えない状況に困惑の声を上げる雲。
「お前もこっちに来い、雲……俺と一緒に世界を浄化するんだ」
霧の中から怪しく光る目で見つめながら、一緒にくるよう求める龍。
だが雲はそれを拒否した。
槍に回転を与え、龍の手から無理やり引き抜くと間合いをとる。
「兄さん……本気で言っているの? 浄化なんてそんなことを」
霧が龍の体に吸い込まれ、消えていくとそこにいたのは龍であって龍でない存在だった。
額からは二本の角が上へまっすぐ、途中から先が前へ突き出すように生え、髪は茶色から漆黒へと変わり、腰まで伸びていた。
「そうだ、俺とお前がいれば世界は浄化できる……誰も不幸にならない世界が作れる」
間合いをとったまま槍を構え、兄であった者に質問をする。
「どうやって……世界を浄化して作り直す、と?」
フッと乾いた笑いをこぼし、右手の手のひらを上にして雲へ伸ばす。
「決まっている……穢れをすべて消し去り、俺が世界を統べる」
そう言うと、まるで何かを握りつぶしているかのように力を込め、手を閉じる。
「兄さんが言う穢れとはこの世界に生きている命です、その命を消して誰も不幸にならない世界などない!!」
右腕を左から右へと真一文字に払い、龍の考えを否定する。
一瞬、雲の言うことが理解出来ないといった表情を見せると、優しい笑顔を浮かべて語り続ける。
「雲……俺のかわいい弟よ、絶望しか残されていない世界を救うためには、穢れを消さねばならない……さぁ、俺と一緒に」
さらに手を伸ばす龍の言葉を遮るように、雲が叫ぶ。
「兄さん、僕はこの世界が好きなんです……本気でこの世界を消すなら僕は兄さんを止める!!」
ガチャリ、と音を立て、ゆっくりと槍を構える雲の行動に、龍は漆黒に塗られた二本の刀のうち、左腰に差してある刀にのみ手を伸ばし、構える。
「そうか……ならばここでお前を倒し、無理やり連れて行くとしよう」
カチッという音をかすかに立て、龍がコイクチを切ったのを合図に、雲が飛び出し、槍を龍の上から振り下ろす。
それを軽々と刀で右後方へと受け流す龍。
全力で振り下ろした一撃を、簡単に受け流されたことで体が流され、体勢を崩す雲の右脇腹へと、龍の左拳が決まった。
左壁へと、思い切り吹き飛ばされ崩れ落ちるが、それでも尚、兄の龍を止めようと槍を握り締め、睨み付ける瞳には、強い意志が宿っていた。
しかし、立ち上がる力は今の一撃で奪われていた。
「この一撃で楽にしてやろう」
もう一本の刀も抜き二本を大上段に構えると、魔力を高めていく。
黒麒麟と融合したことにより、普段の魔力と異なる闇の気が高まっていく刀を、ただ見つめるしか出来ない雲を、龍はうっすらと微笑を浮かべながら見下ろしていた。
「二刀流九斬術、双断撃 しばらくの間、眠れ」
二本の刀が同時に振り下ろされ、雲に一撃が決まろうかというその時だった。
壁に飛ばされ、ただ呆然と見ているしかなかった黄王が、二人の間に割り込んできた。
「待て!! 龍よ、お前は雲を守りたくて力を望んだのだろう!? その力で雲を傷つけたら後悔するぞ」
杖に土の魔力を付与し、火を付与した補具の腕輪で強化した上で、受け止めてはいるが、どんどん押し込まれていっているのが誰から見ても明らかだった。
「父上、気を失わせるだけです それにあなたの力では俺はもう止められない」
杖にとうとうヒビが入り始めるが、それでも黄王はひざをついて必死に耐えている。
「ぐ、ぐふっ……」
だが、そんな時に二種同時付与のツケが回ってきたせいで、龍の放つ一撃の力ではなく、自ら力が抜け崩れ落ちていく黄王。
もはや両手を床につき、ごふごふと咳をするたび血を吐くが、どうすることも出来ない父、黄王のそんな姿を目の当たりにし、刀を止めると、鞘に収めた。
「父上……黒麒麟と融合したことで、あなたのその力の源がわかりました」
黄王の肩に手を乗せ、寂しそうな顔を浮かべると、話し始める。
「その二種同時付与は、自らの命を削る技……これ以上命を削るのは辞めてください 俺がこの世界を浄化してそんな力を使わないでもいい世界に変えます」
そんな龍を、見つめることしか出来ない黄王の顔もまた寂しそうであった。
「雲よ、俺が世界を浄化するのを見ているがいい」
そう言い残すと、龍の姿は黒い霧となり、窓を破って外へと飛び出していった。
「くっ……兄さぁあああん!!」
暗雲がたちこみ始めていた空に、ただただ雲の叫びが響くのみだった。
ついに悲劇へと続く階段を登りきった二人。
二人に用意されていたのは世界を巻き込む悲劇という名の舞台。
まだ幕があがったばかりの舞台に、終幕はいつ訪れるのか、知る者は誰もいない。