第七話 悪夢再来、そして希望の光
黄はあの後、3日ほど寝込み、状態が落ち着いてからも床を離れることは出来なかった。
あの一件以来、龍の考え方に賛同する者が出始め、意見が割れ始め、国内の情勢は不安定と化してきた。
そんな国内の情勢を安定させる為、王位を正式に雲に継がせることを国内外へと表明し、雲も素直にこれを継承した。
龍が飛び出してから一ヵ月後のことである。
表明から3日後、同盟国の国王全員が見守る中、王位継承式は執り行われ、無事終了した。
その8日後、黄は龍のことを頼むと雲に託し、すまなかったと呟き、一粒の涙と共に静かに息を引き取った。
黄の死から50日後の喪が明けた朝、消えた龍が突然戻ってきた。
横には黒麒麟が連れ添い、融合は解けたというよりも自らの意思で解いている、といった感じだ。
玉座に座る雲の前に立つと、静かな口調で穏やかな表情で話しかける。
「雲、お前が王位を継承したんだな」
「兄さん、父さんは死んだよ……あなたにすまないと言い残して」
父の葬儀に顔を出すんじゃないかと、淡い期待を抱いていたがそれは叶うことがなく、哀しみとも怒りとも言えぬ、何か決意を秘めた顔で答える雲。
「ああ、知っている だから喪が明けるまでここには来なかった……俺が来ると国がざわつくからな」
龍を見て既にざわついている周囲に一瞥をくれると視線を戻しながら続ける。
「父上の葬儀は静かに行いたかったから、遠くから見守っていた」
そこまで言うと、空を仰ぎ一呼吸いれる。
「雲よ、国王となった今再び問おう……俺と共に世界を浄化する気はないか?」
雲が静かに首を横に振って断ると、龍は寂しそうに笑った。
「そうか、やはり変わらぬか」
その一言で黒麒麟があの霧に変わり、龍を覆い始めるとそこに立っていたのは、あの時と同じ融合した姿の龍だった。
龍が両手を広げると空から一筋の光が差し込み、降り注ぐと龍の体が浮き始める。
「雲よ、神話は蘇り、新しき世界創世の神話が語られる……伝説の力は目覚め、浄化の時が動き出す」
世界中に地響きが鳴り響き、地震とは何かが違う揺れが襲う。
「兄さん、一体何を」
地響きや揺れなどによる被害から身を守ろうと、龍を見ている者は誰もいなかった。
周囲の安全を確認するために、雲も一瞬であったが視線を外していた。
再び龍のほうへと目を向けると、5つの宝玉が浮かび、ゆっくりと龍の周りを回転していた。
「伝説の力の封印を解く為の鍵さ」
伝説の力、封印、鍵、この3つの言葉を聞いて、雲の頭にあるものがよぎった。
「まさか、それは!」
「封印されている浮遊島、その封印を今も尚、保ち続けている石 その石が封印を解く鍵にもなる」
地響きと揺れが収まると、突然周囲が暗くなり始めた。
「奉じられているこれらを探し出すには多少骨が折れたがな?」
皆が窓から空を見上げるとそこには、浮遊島が空を覆い、太陽の光を遮っていた。
もはや伝説と化し、誰も存在を信じていなかった六色大戦の遺物の浮遊島、それが目の前に堂々と浮いていた。
「兄さん、やめるんだ! この力は目覚めさせてはいけない」
雲が振り返ると、浮遊島から降り注いでいた光と共に消えようとしているところだった。
「新たな神話と共に伝説は蘇った、これから浄化の時が始まる」
それだけ言い残すと、龍は浮遊島へと消えていった。
250年前に起こった六色大戦、その中でただの伝説と思われていた浮遊島の存在。
伝説として語られていた悪夢が、現実のものとして降りかかろうとしていた。
いや、伝説以上の悪夢が降りかかろうとしている現実に、ある者は恐れ、ある者は龍に賛同し、喜びに満ちていた。
浮遊島はそのまま上空へと消えていった。
浮遊島が封印から解かれ、空に戻ったことは、次の日世界中の知るところとなる。
全ての都、地方都市、街に限らず、全ての部族に、龍が語りかけたのだ。
空に突然浮遊島の映像が映し出されると、最初は何が映っているのか誰も理解出来ず、ただただ見つめていた。
最初こそ騒がしかったが、見つめているうちに静かになっていくと、玉座に座る龍が映し出された。
「世界は今、穢れに満ちている 世界そのものを蝕むほどにな」
誰もが静かに見上げ、話をただ聞いていた。
「このままでは世界は確実に滅びる」
淡々と語り続ける龍の声が、世界中に響いていた。
「浄化を行い、穢れた命を消し去ることのみが、世界を純粋な命を救う」
内容をだんだんと理解しだした人が騒ぎ出し騒然としてくる。
「我に賛同し、新世界を共に創る意志のある者は我の名を呼べ」
にやりと笑うと、立ち上がり両手を大きく広げ、叫ぶ。
「我は神獣黒麒麟と融合した新たな神、我が名は神帝! 世界を浄化する者なり」
次の瞬間、世界は揺れた。
神帝と名乗る男を否定、反論する者も居る中、賛同する者も後を絶たなかった。
不正により虐げられてきた者たちや、不正を目にしながらも権力の前に何も出来ず悔しい思いをしていた兵士たちが一斉に神帝の名を呼び続けた。
寿恩国においても同じことが言え、禁軍にいたっては龍の配下だった剣鬼軍は、龍が消えてからも待ち続けていた。
そこに龍の呼びかけがきた、真っ先に答えていた。
そして、剣鬼軍と行動を共にし続けていた兵鬼軍を率いる旅団長飛までが賛同し、兵鬼軍全体も賛同していた。
満足そうに見下ろすと、声をかけ、騒ぎを鎮める。
「ならば、名を呼んだ者を、我が城に招こう」
龍が右手をかざすと、次々に神帝の名を呼んでいた者が半透明の黒い球体に包まれ、空へあがっていくと、浮遊島へと消えていった。
「今このときをもって我が神帝軍は伍公国全てに対し宣戦布告する」
龍が座ると足元にはいつの間にか十数体の魔獣と思える者が控えていた。
「そうそう、言い忘れたがこの者たちは神魔界から呼び寄せた神魔たちだ 神魔率いる神帝軍相手に何処まで対抗出来るかな?」
高笑いしながら、そう言い残すと映像は消えた。
兵力の半分近くが神帝軍に流れた上に、神魔が相手と知り、各国宮廷内では絶望する者が多い中、王たちは絶望していなかった。
不安定となった国内を安定させる為に、宣戦布告からわずか3時間後の速さでこれを受け、全力で防衛をすることを表明した。
これにより、首都の混乱は沈静化、一週間以内で国内の混乱を全て落ち着かせることに成功した。
その間、神帝軍が攻撃をしかけてこなかったからこそ出来たことであり、王たちはそれを誰よりも理解しており、相手の掌の上で踊らされていることを実感させられていた。
そして、それは突然始まった。
五国全てに神帝軍が同時侵攻を開始したのだ。
一国に一軍ずつの計五軍の部隊が、抵抗をあざ笑うかのようにゆっくりと街を一つ一つ滅ぼしていった。
西方を攻めているのは、殺した民を操り、次第にその勢力を増していく不死軍、東方を攻めているのが、飛竜や鳥系魔獣人で構成された飛翔軍。
北方は耐久力のある魔獣人、防御力に長けた重装歩兵軍、南方には砲撃などに長けた者で構成された砲撃軍。
中央に位置する寿恩国へは騎馬並の速さを誇る刀剣軍だった。
周囲の兵力を集中させることにより、なんとか抵抗を続けている地方都市であったが、本気で攻められたらもたないことは誰が見ても明らかであり、もはや時間の問題であった。
ほんの一筋でも光を見出そうと王たちは会議を続けていた。
「五国の全兵力をもってあたればあるいは」
「それが失敗したらどうする 兵力全てを失えば世界は滅びるぞ」
五国の残存兵力全てを集めれば確かにどれか一軍は倒せるかもしれない、だがこちらのダメージも相当なものを受けることは必至であり、仮にこちらが負けてしまえば、もう侵攻を防ぐ術はない。
そんな状況で打開策が出てこない中、話し合いが続く。
「私が禁軍を率いてまず刀剣軍を倒します それから挟み撃ちをしていけばあるいは……」
雲自らが神魔のいる神帝軍に打って出ると言い出すが、それを全員が止める。
「王自ら打って出てこれに失敗すれば命はない……そうなれば寿恩国は大混乱に陥る」
当然といえば当然の反対、王が死ねば国は混乱に陥り、防衛どころではなくなり滅びる。
それだけは避けねばならなかった。
「だけど私は兄さんを止めなくてはいけない」
散々悩み悩んだ上で決めた行動、その目には決意の光が宿っていた。
「なら、我らも一緒に打って出るか、一か八かの賭けだがそれもよかろう」
武鋼国王がにやりとしながら、とんでもないことを言い出すと他の王も賛同し、笑う。
「話し合っても結論が出ないなら行動あるのみだな」
さっきまで重苦しい空気だったのが、一瞬で和やかな空気になっていた。
「いけない 倒せる確率なんてほんのわずか」
自分が最初にやると言い出したことを、成功確率が低いと自らが言ったことに苦笑してしまう雲に、他の王たちは笑っていた。
「それくらいのほうがやりがいがあるってもんさ」
武鋼国王が大笑いすると、皆頷いていた。
だが、突然天井付近に門が開くと、緊張が走る。
神帝が直接攻めてきたかと身構えていると、出てきたのは神魔界と対をなす霊獣界の長、白麒麟だった。
「白麒麟がなぜここに? 黒麒麟と同じように世界を浄化するというのであればこの場から逃がしはしない」
東蘭国王が身構えつつ、問うと静かに口を開く。
「雲よ、我が弟黒麒麟、そして龍を止めたいか?」
「当然です、例え貴方が邪魔をしようと私は絶対止めてみせる」
きっぱりと言い切った雲の言葉に、優しい顔を向けるとゆっくり近寄る。
「ならば私も力を貸そう、私を武装するが良い だが、代わりに神魔に対抗する霊獣は4体しか呼べない」
神魔十数体に対してわずか4体しか呼べないと言われ、雲以外の王はざわめく。
「神魔と霊獣で大戦を行うわけにはいかないのだ」
「構いません、兄さんを止め、大戦を終わらせることさえ出来るなら強大な力はいりません この世界に生きるのは私たち、なら私たちで守るのが本来ですから」
まっすぐ白麒麟を見つめる雲の目に、頷くと光に包まれる。
光が雲の手に飛び込むと、光は消え、その代わりに一本の槍が握られていた。
1mの柄、その矛先はいつも使っている十字槍ではなく、三叉の矛先だった。
「まっすぐな信念、それを貫くもの、雷光陣」
白麒麟の声が響く中、門からは4体の霊獣が現れ、他の王たちが近づくが、霊獣たちは王たちの武装になることを拒否した。
「霊獣たちは己が共感でき、折れることのない強い信念の者意外認めない……己が主を見つけに散れ」
声と共に霊獣は四方へと散った。
伝説がよみがえり、悪夢が世界を包んだが、希望の光は訪れた。
王たちの武具に白麒麟が力を貸し与えたことにより戦う準備が整い、反撃の狼煙が今あげられた。
兄は闇を、弟は光を手にした。
光は世界を守る力となるだろうか?
守るための戦いが今、始まる。