• 第九話 四つの希望

  •  神魔と融合せし者が現れてから数ヶ月で、各地の防衛戦は押し込まれていった。
     武鋼国の防衛線がまた一つ陥落し、平和だった街を飲み込もうとしていた。
     退役軍人のグルド・ガトーが酒場のマスターをしているこのノインもその一つだった。
     このノインには、防衛施設を持っている都市と違い、施設の無い街ではあったが、すでに女・子供は無事に逃げ、残っているのは時間を稼ぐ為に戦っていたグルド、そして昔グルドの部隊で共に戦った、同じく退役軍人の部下たちだけだった。
    「よし、もういい……後は俺を残して全員退却しろ」
     その部下たちも倒され、残っているのはわずか10名ほどだった。
     退却指示を出す元上官に、残された部下たちは全員反発した。
    「ここまで時間を稼げたのはあんたがいたからですよ」
     グルドの前に、1人の男が前に出ながら笑顔で言う。
    「お陰で妻も子供も無事に逃がすことが出来た、でもこの先にある希望を消さないためにはあんたが居ないといけないんだ」
     その笑顔には決意が込められていた。
    「何を言っている、お前は奥さんと子供のところに行かないといかんだろう」
     思いもよらない反発に、グルドは煙草に火をつけ、煙を吸い込みながら諭す。
    「俺たちが生き残るよりあんたが生き残ったほうが護りたい人たちを護れる、そう踏んだんだ」
     全員が一斉に詠唱をし始めると、グルドの体が石像へと変化していく。
    「なっ、お前ら何を!」
     10人による魔法干渉は止められず、どんどん石像へと変わっていくグルド。
    「あんたは死んじゃいけない 娘を……アイラを頼みます」
     そう言いながら微笑む男の頬を一筋の涙が伝い落ちていく。
    「や、やめろ スター……ク……」
     完全に石像と化したグルドを壊れないよう、壊されないよう部屋の片隅へ置き、関係のない石像も乱雑に置き、カモフラージュする。
    「俺たちはあんたの部下でいたことを誇りに思います 行ってきます、グルド大佐殿」
     その後ノインに訪れたのは激しい爆発音、交錯する金属音、男たちの命と誇りをかけた叫び声、そして……静寂。
     グルドの石化が解除されたのはそれから3日後だった。
     部屋を飛び出し目撃したもの、それは壊滅した街の姿、そして己が死んだとしても、希望が残っていることを疑わず笑顔で倒れている部下たちの姿。
     獣のような咆哮が静寂を切り裂いたかと思うと、グルドは膝から崩れ落ちた。
    「俺が弱いからか……もっと強く、力があれば俺よりも若いこいつらを死なせることなんてなかったはずだ」
     項垂れた顔をあげたその目には、怒りの光が宿っていた。
     復讐に囚われようとしていたグルドの横を、一陣の風がよこぎり、声が聞こえた。
    「大佐……あなたが教えてくれたことですよ? 復讐に心を囚われるなって」
     はっとグルドが横を向くとそこには、この戦いで散った部下たち全員が笑顔で立っていた。
    「お前たち……」
     すまない、そう言おうとした時だった。
    「俺たちはあんたに希望を託したんですよ」
     最後にスタークと呼ばれた男が、グルドの肩に手を添える。
    「あんたならあいつらを止められる、信じています」
     スタークに手を伸ばすも、その手は体をすり抜け、彼らが実体のない思念体であることを嫌でも思い知らされる。
    「俺たちはあんたの部隊にいれたことを誇りに思っています ありがとう、グルド大佐殿」
     全員敬礼をし、笑顔で消えていく部下を前にし、グルドの目からは怒りの光が消え、頬に涙が流れていた。
    「俺が託されたのは復讐ではなく、希望……託された希望を消さないために、押しつぶそうとする壁を撃ち壊すために、俺はもっと強くならないといけない」
     決心したその目に宿る光は、復讐に囚われた怒りの光ではなかった。
     その時、地面から霊獣玄武が現れ、問いかけてきた。
    「汝に問おう、何のために力を望むのか」
     まっすぐ霊獣を見つめ、答える。
    「託された希望を護るために、希望を押しつぶす壁を撃ち壊すために望む! 卑怯と呼ばれようが、何と言われようが俺はその力を押し通す!」
     嘘偽りの無い心に、玄武は微笑む。
    「汝の言葉に偽り無し、その信念認めよう」
     それだけ言うと、玄武は黒い球体になったかと思うと中から、陸亀とタグプレートが1つ現れた。
    「そのプレートは吾の力を解放、武装させるための鍵となるもの 鍵で吾を解放し、武装の名で呼ぶがよい」
     陸亀の姿となった玄武がタグプレートを差し出し、告げる。
     タグプレートを手にしたグルドは、暫し考えた後、深呼吸をし、唱える。
    「解放!」
     陸亀の足元に八卦陣が現れ、黒い光が八卦陣から吹き上がると、元の玄武の姿に戻っていた。
    「武装……ルナ・ノワール!」
     玄武が再び黒い光となり、タグプレートに吸い込まれ、一瞬で2丁の銃へと化した。

     それから数日後、ノインを襲った神帝重装歩兵軍は次の都市を攻略し始めていたところだった。
     都市の防衛部隊、防衛施設からの攻撃もほとんど効いていない重装歩兵軍相手に、防衛部隊の中に絶望の色が漂い始めた時、それは後方で起きた。
     砲撃でも食らったかのような音と共に後方の兵が弾け飛んだ。
     そう、弾け飛んだのだ。重装歩兵が数人、爆発音と共に、弾け飛ぶ。
     今まで都市の防衛施設を用いても、ここまで効いていない部隊相手に、何をしたら弾け飛ぶのか。
     誰もが理解出来ず、数秒思考が停止していたその間、砲撃は続いた。
     指揮官らしき魔獣人がやっと叫んだ。
    「後方から敵襲だ! 体勢を整えろ!」
     その声で全員我に返り、振り返って体勢を整える。
     敵は何人で、どんな武器を用いて砲撃しているのか……確認すべく土煙が落ち着くのを待つとそこに居たのは2丁の銃を持つたった1人の男だった。
    「ショット」
     男はそれだけ言うと左手に持っている銃を構えた。
     銃は変形を始め、先ほどまでとは違う姿を現していた。
     引き金を引くと、広範囲に弾が飛び散る散弾が撃ちだされ、そして複数の重装歩兵たちが倒れた。
    「貴様は一体何者だ!」
     兵の誰かが叫んだ。
    「俺はノインの生き残り……希望を託された者」
     男が口にした街の名に若干の動揺が走る。
    「馬鹿な、あの街はすでに壊滅させた 誰も生き残っている者などいないはずだ!」
     兵が1人斧を振り上げ突っ込み、怒鳴りながら振り下ろす。
    「そして……希望を押し消そうとする壁を撃ち壊すために、霊獣で武装した者」
     斧を左手の銃で受け止め、右手の銃を相手の胸に押し付けると、連続でトリガーを引く。
    「覚えておけ、俺はグルド・ガトー、貴様らを狩る者の名前だ」
     弾は全て貫通し、すでに兵は絶命していた。
    「すまんな、お前が覚えるのはもう無理だったな」
     そう、あれからグルドは重装歩兵部隊を追いかけながら、己の武装を確認し、すでに扱いに慣れていたのだ。
     銃の弾は全て玄武の魔力で構成された弾であり、神魔すら撃ち抜ける弾、それが重装歩兵が弾け飛んだり、貫通された正体だった。
     右手の銃は15発を連続で発射可能、撃ちきったあとは5秒で弾が補充される。
     左手の銃は声に応じて形態を変形させる銃であり、最初の砲撃はカノンによる砲撃形態、そして先ほどのショットは散弾形態だった。
    「バルカン」
     グルドが呟くとまた銃は変形する。
     敵陣へ突っ込みながら左手の銃を連射していく。
    「カノン」
     弾切れになる前にまた変形させ、集中している中央地帯で砲撃をするグルド。
     みるみるうちに重装歩兵軍が倒されていく光景に、都市防衛部隊に希望が蘇った。
    「援護だ、あの男の援護をするんだ」
     動揺が走り、指揮が乱れている状態の相手には、防衛施設からの攻撃は効果的だった。
     左右から同時攻撃をしてくる獣人に対し、両手の銃で同時に撃ちぬくグルド。
    「その体勢からでは反応しきれまい!」
     そのタイミングを狙い、背後から大剣を振り下ろしてくる半獣人化した刀虎族。
     左手の銃を空撃ちし、反動の勢いを使い、頭上に跳ね上げて銃身で剣を受け止める。
     右足を軸に反時計回りに反転させつつ、受け止めた左手で左斜め下へいなす。
     グルドが反転し、後ろに振り返った時にはすでに、右手の銃が相手の右こめかみに押し付けられていた。
    「何か言ったか?」
     銃弾が頭を貫き、返事をすることもなく、相手は崩れ落ちていた。
     まるで舞っているかのようにグルドが動き続けると、気づけば指揮官を残して全員倒されていた。
     指揮官と相対しながら、グルドは煙草に火をつけ煙を吸い込む。
    「くそっ……だが俺様を倒したところで、分隊の1つを倒したにすぎん、結局は我ら神帝軍に滅ぼされるのみ!」
     予言をし、高笑いする指揮官に、右手の銃で照準を合わせる。
    「言いたいことはそれだけか?」
     静まった戦場に、乾いた音が響き渡る。
    「希望を消そうとする壁があるなら、俺が全部撃ち壊すだけだ」
     膝から崩れ落ち、倒れこむ指揮官に背を向け、呟くグルドの横顔は少しだけ寂しそうだった。


     籠南国南部に位置する村、紅沙村もやはり神帝砲撃軍の侵攻を受けていた。
    「皆早くこっちへ!」
     大人たちは子供を安全な場所へと誘導をし、護り続けていた。
    「御堂の巫女様のところに……」
     少女が御堂と呼ばれる神社の巫女を呼びに行こうと必死に走っていくが、途中で転んでしまう。
     そこへ数人の神帝軍が飛び掛る。
    「子供を刺したときの感覚が一番たまらねぇんだ」
     ナイフが少女に振り下ろされる寸前、兵士が後方へ転がっていく……その額には矢が一本刺さっていた。
    「今のうちに早く!」
     叫んだ女性の左手には弓が握られていた。
     立ち上がり、駆け出す少女に尚も襲い掛かろうと、2人の魔族兵が飛び掛った。
    「闘神破軍流弓術、双牙」
     女性の構えた弓から2本の矢が同時に飛び出し、射られた兵は後方へと落ちていく。
    「闘神破軍流第13代正統継承者御堂葵、理に従い、あなた方を倒します!」
     巫女服に身を包み、弓を左手で構え、叫ぶ。
    「御堂の巫女様―」
     少女が泣きながら、巫女の下へとたどり着いたときには、擦り傷と土でぼろぼろの姿だった。
    「ごめんね? 藍沙 もう少し早く着ければ良かったのだけど……さあ、皆と合流しましょう」
     頭を撫でて、藍沙と呼んだ少女を落ち着かせる御堂。
     神帝軍を弓で迎撃しつつ、皆のところへと合流した時にはすでに、村の大人たちは半分近く倒れていた。
     前面に立ち、これ以上の侵攻を食い止める御堂の前に、神魔が飛び掛った。
    「闘神破軍流弓術、襲爪」
     連続で放たれた3本の矢のうち、最後の1本が神魔を捕らえた。
    「この程度では我ら神魔は倒せんよ」
     にやりと笑うと、矢が肩に刺さったまま着地し、御堂を片手で突き飛ばす。
     傍目には軽く突き飛ばされただけの一撃、だがその一撃はとても強く重く、御堂は一瞬で後方数メートル先にある壁に叩きつけられていた。
    「かはっ……そん、な……」
     そのまま地面へ倒れこみ、痛みと衝撃からくるショック状態に陥り、体がほとんど動かせない御堂には、顔をあげ、離れている神魔をにらみつけるくらいしか出来なかった。
    「今楽にしてやろう」
     神魔がゆっくりと御堂へと近づいていくと、藍沙が間にはいり、必死に御堂を護ろうとしていた。
    「何の真似だ? あの女の止めを刺したら、焦らなくても次はお前だ」
     藍沙を軽く横に押しやり前に進もうとするが、それでもまた前に立ちふさがろうとする藍沙。
    「気が変わった……お前から殺してあの女に絶望を味あわせてから殺してやろう」
     狙いを御堂から藍沙へと変えた神魔に、御堂は叫ぶのみだった。
    「止めなさい! 私が相手のはずよ!」
     その叫びに対し、にやにやと笑みを浮かべながら御堂を見下ろす。
    「もう何も出来ないのだろう? 悔しかったら立ち上がって俺を止めてみろ」
     そんな神魔の言葉に、動かない体を必死に動かそうともがく御堂。
    ――このままでは藍沙が……動け、動け! 何のために私は闘神破軍流を受け継いだ! 理を貫くために、牙無き人の代わりに戦うために力を受け継いだのよ! ――
    「私の誓いは絶対に貫く! だから……闘神破軍流は負けるわけにはいかないの!」
     空が一瞬赤く光ったかと思うと、霊獣朱雀が御堂の前に降り立った。
     それと同時に、神帝軍から護るように結界が張られた。
    「あなたの誓いとは? 何故力を求める?」
     朱雀は御堂に対し、拘る誓いと力を求める理由を問うと、動かず地面に横たわったままの状態で、御堂が答える。
    「私自身、先代に助けられたの……だから私と同じような状態になる子供は作らせないために、闘神破軍流を受け継いだ! 理に従い、私の誓い、想いを貫くために力がいるの!」
     朱雀を見つめる瞳に、力がこもる。
    「この手がいくら血に汚れようと、その先に人々の幸せがあるなら構わない!」
     まっすぐ見つめる瞳に、一遍の迷いも悔いもない事を読み取ると、朱雀は静かに頷いた。
    「何処までも真っ直ぐ、曲がる事なく折れる事のない強い想い、受け取りました」
     朱雀が紅玉になったかと思うと、大鷹が首にお守りをぶら下げ、足に足環をつけて出てきた。
    「お守りと足環が開放と武装の鍵となる さあ、解放し、武装の名で私を呼んでください」
     御堂が大鷹に手をかざすと、お守りと足環が外れ、左手にお守り、右手に足環が現れる。
    「解放」
     大鷹の足元から八卦陣が現れ、赤い光と共に朱雀へと戻る。
    「武装、紅暁」
     霊獣は紅の光へと変わり、お守りと足環へ吸い込まれていく。
     お守りは長弓へ、足環は矢を作り出す指輪へと姿を変え、それと同時に結界が解除される。
     だが、立ち上がる力は回復していない状態であり、以前倒れこんだままだった。
    「ふん……霊獣の力を手にしても動けなければ意味などないわ」
     結界が解かれても立ち上がらない御堂の姿に、嘲笑しながら藍沙に襲い掛かろうとしたその時だった。
     一本の矢が額を掠め、飛んでいった。
     あと半歩踏み込んでいれば、確実に頭を撃ちぬかれていた軌跡に、神魔は思わず数歩下がった。
    「貴様、もう限界だろうになぜ動ける」
    「闘神破軍流には……限界なんて言葉、ないのよ」
     御堂がふらふらしながらも上半身を起こして、矢を放っていたのだ。
     そしてそのまま、ゆっくりと立ち上がろうとしていたが、膝はがくがくと笑い、到底立てるはずがない体であることを物語っている。
    「強がりをいったところで、もはや立ち上がる力などあるまい」
     だが、神魔の顔は焦りに満ちていた。
     立ち上がれるはずもない状態、それなのに何故立ち上がろうとするのか、しかもそんな状態で一撃を撃ち込んできた、相手が分からないことに対する恐怖が湧き出していた。
    ] 「限界なんてのはね……弱い心が作り出した幻 心が強ければ、どんなになっても……力を引き出せるの、それが……闘神破軍流!」
     膝に手をつきながらも無理やり立ち上がると、笑う膝を意思で抑えこみ、毅然とした姿で神魔に相対する御堂。
    「ふん、たかが力を手にしただけで調子づきやがって 今度こそ立ち上がれないように一撃で楽にしてやる」
     焦りからか、恐怖からか、神魔は真正面から御堂目掛けて飛び掛った。
     まっすぐ飛び掛ってくる神魔に対し、御堂は紅暁を構え、引き絞る。
     指輪から赤い光が放たれ、矢を構成する。
    「闘神破軍流弓術、疾風」
     指を離すと、矢はもう無かった。
     正確に言うならば、離した瞬間、神魔に突き刺さっていたのだ。
     前方に飛び掛った神魔が後方へとはじけ飛び、そして燃え上がった。
    「焔術……穿降雨」
     今度は、斜め上の上空に向かって弓を構える御堂。
     上空へ放たれた矢は、朱雀の力を帯びて、まるで一羽の大鷹の姿のようであった。
     神帝軍の真上へ大鷹がたどり着いた時、大鷹の目が赤く光ったかと思うと、いくつもの光の矢にわかれ、神帝軍へとまるで大雨のように降り注ぐ。
     ひとしきり降り注いだ後には、たった一人が立ち尽くしていた。
     その手には、盾にされた神帝軍の兵士が無残なぼろぼろの姿が握られていた。
    「貴方……仲間を盾にしたのね」
     味方を盾にしてまで生き延びようとする姿に、御堂が怒りの眼を向ける。
    「仲間? ふん、こいつらは俺の手下だ 使えない奴は後から補充すればいいだけだ」
     くっくっくっと笑いながら平然と言ってのける相手に、弓を引き絞る。
    「こいつらを盾に突っ込めばまたかわせる」
     仲間だった物を盾に構えながら突っ込んでくる神魔。
     すぐに矢を放たず、力を集中させる御堂。
    「闘神破軍流弓術、貫刺螺旋」
     放たれた矢はまっすぐ神魔を狙うが盾にされた物に突き刺さる。
    「弓の弱点は次を放つのに時間がかかることだ! このまま切り裂いてやる!」
     その時、盾に構えている倒れた兵士の真ん中が赤く丸く光りだした。
    「何……?」
     赤い光に視線を向けた刹那、矢が螺旋の軌道を描き、盾を貫いてきた。
    「馬鹿なっ!?」
     盾を貫いたのが見えた瞬間にはもう遅かった。
     神魔の体自身も、螺旋の跡を残し、貫かれていた。
    「貴様……本当に人間……かっ がはっ」
     後2、3歩のところで倒れ、絶命する神魔を見下ろしながら、御堂が告げる。
    「私は御堂 葵、牙なき人の牙になるため霊獣を武装した者、そして……この手を真紅に染めようと貴方たち神帝軍を倒す者よ」
     その眼には、強い意志の光が宿っていた。


     奉西国南西部の都市、音韻は猛攻を受け、まさに陥落寸前であった。
     すでに都市内部まで侵攻を許していた。
     奥に位置する教会に女、子供は逃げ込んでおり、怪我人もまたこの教会に運ばれ、修道女であるミレイ・アルが治療にあたっていた。
    「私は治療しか出来ませんが、少しでもお役に立てるなら……」
     教会の教えのため、直接戦闘に参加することが出来ないミレイは、己の無力さに憤りを感じていた。
    「いや、治療して貰えるだけで十分さ」
     右腕を失い、運ばれてきた兵士が、笑顔で答える。
     実際、戦闘中に治療が受けられる事はとても大きいものであった。
     ただ、それも通常の戦闘に限っての事であり、神魔と戦う上では死期を延ばす程度でしかなかった。
     それを理解した上での返事であり、笑顔である事が分かる分、余計に心が痛かった。
     そんな中、つい先程まで外から聞こえていた金属同士のぶつかりあう音、爆発音、叫び声などがいつの間にか聞こえなくなり、静まっていた。
    「すまん、逃げて……くれ」
     静寂を破り開かれた扉から、剣や槍が刺さったままの兵士が、ふらふらしながら入ってきた。
    「こんな所にまだ隠れていたのか……死の声を受け入れろ」
     外から声が聞こえた次の瞬間だった。
     聞いている者の精神を蝕むような音が響き渡り、ミレイは咄嗟に立ち上がり、両手を広げていた。
     教会が突如崩壊を始め、天井が降ってくる。
    「これで中の奴らは全員……何?」
     教会は完全に崩壊し、崩れ去っていたが、土煙の中から出てきたものは、結界だった。
     上から見るとちょうど十字架のような形をした結界の中で、全員が無傷で助かっていた。
    「ほぉ……直撃ではないといえ、結界が耐えるとはな」
     不死兵を操る数人の操手兵は素直に驚き、そして同時ににやける。
     結界が耐える、それはすなわち高魔力で形成された結界ということ。
     魔力が高い者を殺し、不死軍の兵士として操ればそれだけで力が増す、ただそれだけを考えていた。
     肝心のミレイは、両手を広げたまま俯いたまま、微動だにしなかった。
    「ミ、ミレイ……例えどんな命でも、奪うことは神への冒涜だ」
     今まさに死の瀬戸際に瀕しているという状態を一切理解せず、自分だけは助かろうとする言葉を、腰を抜かし尻餅をついている神父が、言う。
    「抵抗さえしなければ、私たちは神帝軍には逆らっていないのだから命だけは……」
    「……う……さ……」
     俯いたまま、ミレイが呟く。
    「……え? ミ、ミレ……」
     苛立ちを抑えたような微かな声に、神父が驚き、名を呼ぼうとしたが、ミレイの叫び声が最後まで喋ることを拒否した。
    「うるさいニャ!」
     普段大人しいミレイからは想像もつかないような叫び声、語尾に誰もが静まり返った。
    「神への冒涜……? 護りたい命を護ることが、神への冒涜だというのなら上等ニャ!」
     ミレイの腰にはいつの間にか、2本の尻尾が生え、顔をあげた時の眼は猫特有の瞳孔が縦になっている眼だった。
    「元々……護りたいから、癒しの魔術を教わるために修道女になったニャ、そのために誰も護れなくなるなら、辞めるニャ!」
     いつも被っているヴェールを脱ぎ捨てた頭には、猫族の耳が生えていた。
    「なるほど、魔力が高い訳だ 猫の魔獣人か」
     自分の不死人形に加えようと、生きている兵士が己の不死兵を操り、ミレイを襲わせた時だった。
     不死兵は突如、操り糸が切れたかのようにその場に崩れ落ちていく。
    「何だと……?」
     崩れ落ちていく不死兵を足場にし、何かが上空へ飛び上がる。
     その正体を確かめるため、上を見上げた時には遅かった。
    「銀猫族を舐めるニャ!」
     ミレイが爪で切り裂き、着地していた。
    「ぐはっ」
     一瞬の交錯で6本の裂傷が刻まれ、膝から崩れ落ち絶命する操手兵。
     だが次の瞬間、何事も無かったかのように立ち上がり、剣を抜き攻撃してくる。
    「ニャ!?」
     確実に倒したはずの操手兵が、剣を抜き攻撃をしてくるという状態に驚きを隠せないミレイだったが、すぐに理由がわかった。
    「あーあ、油断するからだよ 安心しろ、俺の不死兵として使ってやる」
     数m後ろでにやにやしながら両手を広げている操手兵、それが理由だった。
     目前で倒された仲間をすぐに、己の不死兵として操っていたのだ。
     不死兵の右腕を爪で切り落とし、剣を落とさせるも、すぐに右腕が戻っていく状況に、徐々に追い詰められていくミレイ。
    「お前に残された道はただ一つ、俺の不死兵となり操られるだけだ!」
     崩壊した教会で、唯一残っていた壁までミレイを追い詰めた不死兵が剣を大上段に振り上げた時だった。
    「追い詰めたのは果たしてどちらかニャ?」
     追い詰められ背中を壁に預けたまま、壁に手をつき、項垂れていた顔をあげたミレイは笑っていた。
     壁が突如壊れ、いくつもの瓦礫が降り注いでくる。
    「己の身を守るために結界を張るのだろう? その中に入らせて貰うだけだ!」
     結界が張られるであろう範囲へ、咄嗟に不死兵を進ませるも結界は張られなかった。
    「……結界を張らないだと? お前も潰れるぞ!」
     予想をしていない展開に、操手兵の顔に焦りが滲んでいるのを見て、ミレイは満足げに笑った。
    「そう読むと思ってたニャ このまま不死兵は潰させて貰うニャ」
     いくつもの瓦礫がミレイ、不死兵の上へ降り注ぎ、二人を飲み込んでいった。
     瓦礫の山が完成し、二人が完全に見えなくなっていた。
    「まあいい……他の不死兵で死体を掘り起こして操ればいいだけだ」
     操手兵が指を数本動かすと、不死兵が数人群がり、瓦礫の山を掘り起こし始める。
     だが、不死兵1体が突然倒れると同時に、瓦礫の山から何かが飛び出した。
    「何!?」
     操手兵の視線の先には、ミレイが立っていた。
    「銀猫族を舐めるニャって言ったはずニャ」
     服についた砂埃などを手で払いながら、操手兵を睨むミレイ。
     操手兵が右手の指を3本動かすと、ミレイへ同時に飛び掛る3体の不死兵。
     ミレイが後方へ飛びのきかわすと、操手兵は残りの指を全て動かし、10体の不死兵が襲い掛かる。
     なんとか避け続けながら、1体の右腕を落とした時だった。
     さっきの不死兵の時は右腕が戻っていったのに、今回は戻らずに左手に剣を持ち替えて襲ってきた。
    「思った通りニャ」
     右から飛び掛ってきた不死兵の背後へ回り込み、爪で切り裂きながらミレイが続ける。
    「その操る術、1体を操っている時は腕を落とされようが、足を切られようがすぐ戻せるけど……複数を同時に細かく操る場合はすぐには戻せない」
     左右同時に襲ってきた不死兵の頭を掴み、頭同士を打ちつけ、倒す。
    「その通りさ 操る数が増えれば増えるほど細かい指示は出せなくなる」
     あっさりと認める操手兵。
    「だが、それがどうした?」
     まだ何かを隠している、そんな余裕を浮かべた顔でミレイを見下ろす操手兵。
    「ニャに……?」
     弱点を見抜いたはずなのに、余裕を浮かべている操手兵に嫌な気配を感じ、ミレイの毛が騒ぎ立つ。
    「教会を壊した音の正体を教えてやろう……生者に恨みを持つ死者よ、積もり積もったその怨念よ、集え」
     操手兵の詠唱が進むにつれ、頭上に死者の魂が集まり、巨大な頭蓋骨が形成されていく。
    「させニャい!」
     ミレイが慌てて、操手兵へ飛びかかろうとするも、不死兵がそれを邪魔する。
    「生者へその恨みを思い知らせるため、集い給え」
     巨大な頭蓋骨が形成され、頭蓋骨が大きく口を開け、嘆き叫ぶ死者が白く映っては消える黒い球体が出来上がっていく。
     そんな様子に、不死兵を振り払い、急いで後ろにいる皆の前へと戻るミレイ。
    「死の苦しみ、痛みを与える恐怖の産声を今……あげよ!」
     球体は頭蓋骨の口内から外に出ると姿を変え、衝撃波となって襲い掛かってきた。
     ミレイはまた両手を広げ、結界を作り必死に耐えていた。
     最初の時は建物が中和していたが、今度は直撃……結界が徐々にひび割れて欠けていった。
    「もういい、逃げてくれ!」
     右腕を負傷している兵士が叫んだ。
    「元々あんたは旅人だったんだ、私たちと一緒に死ぬことなんてないよ」
     子供たちが怖がらないよう、抱きかかえ、落ち着かせていたお婆さんが、ミレイを諭すように話しかける。
    「旅人のあんたが今まで私たちによくしてくれたことを誰よりも理解している、ありがとう」
     にっこりとミレイに笑いかけながら、話し続ける。
    「私たちはあんたに、何も返してやれてない だからこそ私たちはあんたには逃げて欲しいんだよ」
     お婆さんの笑顔は死を覚悟した者の微笑みだった。
    「嫌ニャ!」
     腕を必死に広げ、結界を保ち続けながら、ミレイは俯いて叫ぶ。
    「昔、一匹の猫がぼろぼろになってある町に迷い込んだニャ……どの町へ行ってもすぐに追い出されていたその猫は、その町でも追い出されるだろうと思っていたニャ、そしてそれは同時に死を覚悟することでもあったのニャ」
     皆静まり返っていた。
    「迷い込んだ町ですぐに気を失ったその猫は、起きたらまた町の外に追い出されているのだろうと思ったけどその町では違ったニャ……起きたら暖かい毛布に包まれてミルクまで用意されてた」
     ミレイの声に、涙声が微かに滲む。
    「猫は暖かいお湯で体を洗って貰えたし、体を休め力を取り戻すことが出来たニャ」
     お婆さんの目から涙が零れ落ちていた。
    「まさか、あの時の銀猫は」
    「私ニャ」
     助けた猫がミレイだったことを知り、泣きながらうんうんと頷くお婆さん。
    「突然居なくなったから大丈夫なのかずっと心配してたんだよ、良かった」
     今まさに死に瀕してはいたが、突然居なくなってしまった事で心配をしていた猫が今、目の前で生きている、それだけで嬉しくて仕方が無かった。
    「だから……今度は私が皆を護る番ニャ」
     顔をあげたミレイは泣き止んでいた。
    「ミレイお姉ちゃん! 僕はまたお姉ちゃんと遊ぶんだ、だから死んじゃ駄目だからね!」
     先ほどまで母親に抱きつき、恐怖に震えていた男の子が立ち上がり、ミレイに叫ぶ。
     まだ恐怖に震えてはいるものの、必死にミレイを応援しようと立ち上がった男の子を、顔だけ振り返り確認するミレイ。
    「そうだニャ、後でまたボール蹴りして遊ぼうニャ? カイト」
     笑顔を取り戻し、結界を支える力を更に込めるミレイだったが、ひびが入り、割れていく事を止められなかった。
     魔力を注ぎ込み、補強、強化していくが、残っている魔力はもはや微々たるもので、それ以上の速さでひびが入り、欠けていく結界を見て、ミレイは己の死を悟った。
     後ろを振り返り、皆の居るほうへ手をかざすと、残っている魔力を使って、皆を半球体の結界で覆った。
     そしてそれは、何重にも重なり、張られていく。
    「カイト、ごめんニャ? 後で遊ぶ約束、守れそうにないニャ」
     寂しそうに笑うミレイに、カイトが走り寄るが、結界に阻まれて近づけないでいた。
    「ミレイお姉ちゃん!」
     結界が八重に張られたところで、十字の結界がとうとう崩壊したが、相手の魔法も途切れた。
    「その代わり、あいつだけは絶対に倒すから!」
    ――魔力ほぼ0、体力も限界の状態で、操手兵の他に不死兵が20数体を何処まで相手に出来るのか、否、相手にして倒さなければいけない――
     そう覚悟を決めて踏み込もうとした時だった。
     ミレイとその後ろにいる皆を守るように、突然結界が張られた。
    「ニャ……?」
     困惑するミレイの前に、霊獣白虎がつむじ風と共に舞い降りた。
    「このまま戦っても負ける、例え勝てたとしてもお前は死ぬ……何故戦おうとする?」
     白虎が、ミレイのやろうとしていることは無駄だと、遠回しに告げる。
    「そんなの決まってるニャ、護りたい人を護る為ニャ」
     何を言われても戦うという意思を宿した目で、まっすぐに白虎を見つめ返す。
    「先ほどのは死の禁術、禁術相手に普通に立ち向かったとして勝ち目はない」
     あっさりと切り捨てる白虎の言葉に、ミレイが噛み付く。
    「なら私も禁術を使えばいいだけニャ!」
    「お前自身が禁術使いとして忌み嫌われる覚悟はあるのか? 護りたいと言っているその対象にすら忌み嫌われる覚悟が、お前にあるのか?」
     禁術に対抗するには禁術、確かに間違ってはいないのかもしれないが、所詮禁術は禁術、使用する者は忌み嫌われ、畏怖の対象となる場合がほとんどであった。
     一時の思いだけで、禁術を使えば一生を後悔する可能性がある、それを白虎は警告した。
    「今、ここに居る護りたい人たちを護れるなら、構わない 忌み嫌われようとも護れないほうがよっぽど後悔するニャ!」
    「そもそも禁術の知識があるのか?」
    「ニャい! だけどなんとかなるニャ……多分」
     何を言っても、ひかない真っ直ぐなミレイの言葉、瞳に白虎は笑い始めた。
    「良かろう、お前の意思の力受け止めよう」
     白虎が白い球体に包まれた後、出てきたのは十字架を咥えた長い尻尾の白猫。
    「俺を解放し、武装するがいい」
     十字架を受け取ったミレイは数秒考え、解放する。
    「解放」
     白いつむじ風を起こしながら、白猫は白虎へと戻る。
    「武装、オラトリオ・アーカイブ」
     次の瞬間、十字架と白虎が重なり、鋼で出来た12ページを持つ一冊の本へと変わっていた。
     同時に白虎が作っていた結界も消えていた。
     本を通じてミレイに流れ込む大量の知識に、何をすべきか瞬時に理解した。
    「アインツからツヴェルフまで全展開、ヌル自動防御発動」
     宙に浮いている一冊の本、オラトリオ・アーカイブへ指示を出すと、それぞれに1個の宝玉をつけた12枚の鋼が一斉に本から飛び出し、空中に浮いていた。
     ヌルと呼ばれた表紙は開いた状態で、ミレイを中心に周回運動していた。
     操手兵は武装の間に詠唱を始めており、もう終わろうとしていた。
    「ドライを第一天にアイン、ツヴァイ、ドライの三天防御結界」
     ドライと呼ばれた鋼が、背後の皆の、更に後ろへ、呼ばれた残りのアインはミレイの右手側、ツヴァイは左手側に配置され、正三角柱の結界を築き上げる。
    「結界なんて意味をなさない、また崩してやる!」
     頭蓋骨の口からまた、衝撃波が放たれる。
     だが、結界はひびすら入らず、角が欠けるなどもなかった。
    「魂を冒涜する死の禁術、もう使わせないニャ!」
     操手兵を睨みつけ、残りの鋼へ指示を出すミレイ。
    「フィアを中心核、フュンフ第一天にフュンフ、ゼックス、ズィーベン、アハト、ノイン、ツェーンの六天法陣」
     フィアと呼ばれた鋼を中心に、6枚の鋼が宙で魔方陣を形成する。
    「魂を管理、司る輪廻の輪の番人よ、拘束されし哀れな魂を救済し、あるべき場所へ還せ……」
     魔方陣の中に、門が現れる。
    「開け、死門」
     フィアを貫き、フュンフ、アハトを繋ぐ一本の黒い閃光が走ったと思うと、門が開いていく。
     開いた門からは、漆黒の黒衣に身を包んだ番人である死の精霊が、一斉に何人も飛び出してきた。
    「な!? まさかそいつらは!」
     番人は、空中に形成された頭蓋骨へ触れると、魂を取り出しては門へ戻っていく。
     繰り返されるうちに、頭蓋骨はどんどん形を崩していき、完全に消えてしまうと門が閉まり始めた。
    「だがあいつらは死んでる奴しか連れて行かない、俺には何も影響が出ない、残念だったな?」
     操手兵が、一筋の汗をかきながらも、にやりと笑い、ミレイを睨むと、ミレイもまた笑っていた。
    「何を笑……」
     何を笑っている、そう言い掛けた時だった。
    「エルフ、ツヴェルフ 放て、雷の槍……ツヴァイ・ブリッツ・スピアー!」
     操手兵の上空に移動していた2枚の鋼から、雷が放たれると、空中で槍の形へと変わり、操手兵を上から下へと貫くと同時に、電撃を放つ。
    「ぐああああああああああ……」
     断末魔の叫びが消えると、閉まり始めていた門から、1人の番人が飛び出し、操手兵へ触れると、魂を抜き出す。
     だが、抜き出された魂が、抵抗をすると、3人の番人が連れ立って飛び出してきた。
     4人の番人で押さえつけ、門の中へと連れて行くと、同時に門が完全に閉まる。
    「私はミレイ・アル 霊獣を武装し、禁術を司る者、護るべきものを護る為に戦う」
     武装を解除したミレイは、ミレイの処へと走ってくる皆の姿を最後に見つめ、笑みを浮かべたまま、崩れ落ちた。


     東蘭国北東に位置する応和もすでに取り囲まれていた。
     空と地上からの攻撃に、防衛線はどんどん追い込まれていった。
    「こんなところにまで……」
     各町を旅しながら人を笑わせ、和ませる大道芸人、九印は一昨日応和に着いたばかりだった。
     昨日から町の中央広場で投げナイフなどの大道芸で、町の人々を和ませていたところを、神帝飛翔軍に強襲されたのだった。
     見張りが気づくことなく襲われた為、防衛体制整える前に攻撃を受けることとなり、防衛に徹するも、上空、地上の複合攻撃に苦戦を強いられ、ジリ貧になっていった。
    「ここは危ない さあ、こちらへ」
     2人の兵士が、九印と大道芸を見ていた子供たちに近寄り、避難を促してくる。
     そのうちの1人が、一番近くにいた子供の手を取ろうとした時だった。
    「その子に触れないで貰いましょうか」
     それを見ていた九印が兵士を制した。
    「こんな時に何を言っているんですか? ここから逃げないと危険なんです」
     動きを制された兵士が、子供の手を無理やり掴もうとするも、九印が先に子供を抱き上げ、後ろへと下がる。
    「あなたたちは、僕がこの町に来た後に来た人ですよね なぜ兵士の格好なんです?」
     子供たちを自分より後ろへと下がらせながら、2人の兵士をじっと見つめる九印。
    「あなたたちは神帝飛翔軍、そして見張りに扮して神帝飛翔軍を引き入れた そうですよね」
     見透かしたような目で見つめてくる九印に、兵士がとうとう開き直った。
    「そうさ、俺たちが引き入れた だからどうした? それがわかったところでたかが大道芸人に何が出来る」
     兵士に扮していた飛翔軍の1人が剣を振り翳した時だった。
     剣を握っている右手首に投げナイフが刺さっており、思わず剣を落としてしまう飛翔軍兵士。
    「僕の大道芸はね、もともとは暗殺技術なんですよ 子供たちには触れさせない」
     次の瞬間、右手に持った短剣で、飛翔軍兵士の首を一瞬で掻っ切る九印の姿があった。
     空翔る魔獣に乗り、攻撃を仕掛けてくる飛翔軍に、投げナイフなど大道芸を駆使し子供たちを守っていた九印だが、神魔には効かず、広場噴水に叩き込まれてしまう。
    「くあっ 神魔には敵わないと……いうのですか」
     神魔が九印に止めを刺そうと近づいた時、先ほどまで守っていた子供たちが間に立ちはだかる。
    「いけない、早く逃げなさい」
     目に涙を浮かべ、小刻みに震えながらも、首を横に振り、九印と神魔の間に立ち続ける子供たち。
    「お兄ちゃんは僕たちを庇っているから逃げられない」
    「それなら……僕たちさえ居なければ戦えるし逃げられるでしょ?」
     九印を逃がすために、自ら命を差し出そうとする子供たち。
    「だめだっ! 僕のことは放って逃げなさい!」
     九印の頭に過去がよぎる。
     暗殺者としての過去を捨て、大道芸人になるきっかけになったある事件が、鮮明に浮かび上がる。
     今、九印の目の前には、過去の映像が見えていた。
    「これは僕の業故の死なんです 退きなさい、圭っ!」
     圭と呼ばれた過去の少女が振り返る。
    「九印、ここの子どもたちを守るためにしてきたことが業だというのなら」
     にっこりと笑いかける。
    「その報い、全部わたしが受け止めてあげる」
     次の瞬間、圭と呼ばれた少女は振り下ろされた剣で切り裂かれ、血しぶきをあげていた。
    「圭ー!」
     今また、九印の目の前で、同じ光景が繰り広げられようとしていた。
    「それだけは……それだけは絶対にさせないっ!」
     九印が叫んだそのときだった。
     九印、子どもたちを守るように結界が張られたと思うと、噴水の水の中から、霊獣青龍が出てきた。
    「過去に傷ある者、九印」
     青龍が静かに話しかける。
    「お主は何のために力を振りかざす? 誇示のためか? 後悔のためか?」
     まっすぐ静かに見つめてくる青龍から目を離し、空を見上げた後、青龍へまた向き合う。
    「これは僕の贖罪なんですよ……僕の業のために、笑顔を奪ってしまった」
     寂しい笑顔を浮かべたまま続ける九印。
    「だから僕は圭の代わりに、皆に笑顔を取り戻させる」
     強い意志の力を目に宿し、青龍から神魔へと向き直る。
    「そのためになら僕は……再度この業を背負う! 再び暗殺者としての力をふるう!」
     青龍もまた寂しげな笑顔を一瞬浮かべた。
    「その覚悟、受け止めよう おぬしに解放、および武装の鍵を渡す」
     蜥蜴となった青龍が、鎖のネックレスを差し出してくる。
     受け取った九印に話を続ける。
    「さあ、武装を」
     脳裏をよぎるのは笑いかける圭の顔。
    「武装、道化仮面」
     仮面をつけると、フードのついたローブが九印を覆う。
     笑顔が描かれた仮面をつけた九印が短剣を逆手で構えると同時に、神魔が強襲、剣を突き刺していた。
    「せっかく力を手に入れたのに残念だったなぁ?」
     神魔が勝ち誇ったその時、胸に剣を突きたてられた九印が水に変わり、噴水へ落ちていく。
    「幻影ですよ」
     神魔の横に九印の姿が出てきたと思った時には、すでに神魔に短剣が突き立てられていた。
     短剣を抜くと同時に、神魔は崩れ落ちる。
    「絡みとれ、水よ」
     上空に居る飛翔軍むけて九印が両手を伸ばすと、袖の中から幾つもの水が噴出し、飛翔軍の腕や足に絡みつくと、水は鎖へと姿を変える。
     手元の鎖をすべて掴むと、一言唱える。
    「凍れ」
     冷気が鎖を一気に駆け上がり、鎖に捕らえられた飛翔軍がすべて凍りついた。
     空中で凍りついた飛翔軍を一気に地面に叩きつけ、砕く。
     上空の敵が一斉に居なくなったことで、防衛軍は地上だけに集中できる結果となり、盛り返す。
     しかし、地上部隊にも神魔はやはり居たため、神魔だけ4体が残ってしまった。
    「あなたたちの相手は僕がしますよ」
     九印が近づくと、4体の神魔は九印を四方から取り囲む。
     九印はまったく気にしないといった感じに、両手に持っている短剣をそのまま上へと無造作に放り投げる。
     その動作があまりにも自然で、そうするのが当たり前の様な動きに、神魔は全員短剣を目で追ってしまった。
     次の瞬間、九印の前方にいた2体の神魔の首に、短剣が突き刺さり、崩れ落ちる。
     後方の神魔2体が慌てて飛び掛ろうとした時には、上へと投げていた短剣が顔の高さまで落ちてきていた。
    「遅い」
     後ろ上段回し蹴りで落ちてきた短剣を九印が蹴ると、短剣は神魔の額へ突き刺さる。
    「貴様……暗殺……者か」
     その場に倒れこむ神魔。
    「九印 それがあなたたち神魔を狩る暗殺者の名だ」
     仮面を外した九印の顔は、仮面とは対照的にとても冷たい顔をしていた。



     怒り、悲しみ、様々な思いが混ざる中、希望は生まれた。
     希望は道標となるだろうか。
     分かっていることはひとつだけ、生まれた希望は途絶えることがない。

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