• 第壱話 寿恩国誕生

  •  それはまだ、世界に浮遊島が浮かんでいた頃。
     『魔族が一番優秀な一族であり、魔族こそ全てを支配するに相応しい』という思念に囚われた一人の魔族がいた。
     その者の名は鬼堂。
     鬼堂率いる魔導帝国は浮遊島を手中に収め、世界を支配しようと大戦を引き起こした。
     後の世に『六色大戦』と言われる大戦の始まりである。
     周囲の四国は力を合わせ対抗したが、戦力があまりにも違いすぎた。
     撤退に撤退を重ね、戦況は魔導帝国有利のまま進んでいった。
     ところが、帝国内部にレジスタンス勢力が誕生したことにより戦況は一変した。
     レジスタンスとの共闘により、四国は段々と戦況を巻き返し、ついには鬼堂を追い詰めるところまでいった。
    「何故だ!? 同じ魔族でありながら何故こんな下種どもの味方をする? 答えろ、雷洞」
     二刀を腰の位置に構え、一歩前に出した左足に重心をかけ、突進からニ刀による居合いの斬撃へ繋げようと腕を交差させ、順手で構えつつ、レジスタンスを作った男、雷洞を問い詰める鬼堂。
    「種族に優劣なんてない、共存していくのが本来の姿だ……鬼堂」
     片手槍を利き手でしっかりと握り、左手は照準と反動の役割を持たせるように刃先に添え、腰を低く落とし、足を大きく前後に開き、両つま先を鬼堂に向け、重心を後ろ足にかけ、反動の力で突きを繰り出せるよう構え、答える雷洞。
    「俺は間違っていない……貴様を此処で処分し、下種どもを蹴散らしてくれる」
     二人の間に緊迫した空気が流れる。
     鬼堂と雷洞の実力はほぼ互角なのだろう、周りは下手に手を出さずに見守ることにした。
     どうせ雷洞以外、誰も鬼堂に勝てる者などいないのだ。
     雷洞の右膝がスッと数cm沈んだのを見逃さずに、鬼堂が仕掛けた。
    「弱き者は強き者に従うのが自然の摂理!! 俺に従え!!」
     抜刀された牙が、今まさに襲い掛かろうとする瞬間、雷洞が踏み込む。
    「誰かが犠牲になる世の中などあってはいけないのだ……お前を止める!!」
     照準を定め、反動の勢いで突き出された槍の一撃は、ニ刀が届く前に鬼堂を貫いた。
    「ごふっ……強く…なったな…」
     膝から崩れ落ち、地面へと倒れる鬼堂を、抱きとめる雷洞。
    「何故だ……何故こんな馬鹿なことを…鬼堂」
     その顔に勝者の笑みはなく、友を失う寂しさを漂わせていた。
     自分をまだ友として見ている顔に、静かに笑いかけた。
    「寿恩を…覚えてる……か」
     懐かしい名前に全てを理解した。
    「そうか……あの時のことをまだ…」
     死が迫ってきているのか弱弱しく頷く鬼堂。
    「ああ…野盗に……襲われて……ごほっ」
     血を口から溢しながら、友と最後の会話をする。
    「それで世界を支配しようとしたんだな…彼女が既に居ない世界だとしても…」
     寂しそうに笑うと、懐から彼女の写真を取り出す。
    「彼女はこの世界を……愛して…た、から……がはっ」
     仰け反り、血を噴出す。
    「俺はあの時に言ったはずだ!! 暴走をするな、と……暴走をなぜ止めなかった!!」
     そうすれば俺はお前を討つこともなかったのに、と顔をしかめる。
    「俺じし…んにも……こふっ…もう、とめ……られなかっ……」
     致命傷の一撃、それは与えた雷洞自身がよくわかっていた。
     お互い、先ほどまで間違いなく殺す気で戦っていたのだから、当然の結果であった。
    「とめてくれて……あ、ありが……っ」
     最後に一筋の血を口から流し、息絶える。
    「鬼堂ー!!」
     雷洞は、たったいま己の手で殺した友の名を叫んだ。
     亡き友、鬼堂の体を抱き上げ、諸国の王に振り返ると、宣言した。
    「俺は鬼堂が作ったこの国を建て直す……魔導帝国としてではなく、新たな国として」
     反対する者は誰もいなかった。
    「新たな国の名前は寿恩国、鬼堂が愛した女性の名前をつける」
     その場に居た者全てが頷き、再建の援助を誓った。
     その日から、怒涛の連続だった。
     倒壊した建物を復旧させ、国に住む者たちの住む場所をまず確保することを優先とした。
     四国の王からの援助も受けることにより、復旧はみるみる進んでいくが、それでも半年の期間を要した。
     建物の復旧が済むと、次に取り掛かったのは国の構造だった。
     当初、議会制度にしようと考えていたが、周りからの声もあり、国王制になった。
     無論、初代国王は雷洞である。
     国を運営する為に必要な機関なども制定された。
     まずは、王のみが動かせる王直属の禁軍。
     国で起こった犯罪、揉め事などを裁く場、査問所。
     民からの要請を王に届ける機関など様々な機関が作られていった。
     役職などによる上下の関係は生まれるが、いわゆる差別階級などはあってはならないと、王自らが動いた結果、支配する者とされる者という関係ではなく、統治する者と国民という関係に落ち着いた。
     国民は自由に職を変更することも可能だし、申請をすれば引越しをすることも可能。
     申請というのも、事前に何時、何処に引っ越すかを報告し、引っ越した後に引越しを終えたことを報告するだけのもの。
     そして、国を運営する以上、一定の税率が必要不可欠なのだが、不正が行われていないか、横領などは発生していないか、調べる機関も設けられた。
     この機関の権限は、全国民、王すらも調べることが可能なほどの権限であり、他の機関と違っているところは、立候補した者を国民が選ぶという点、そして一年を過ぎると交代させられ、同じ者が連続して立候補は出来ないという点であった。
     この制度のお蔭か、自らの手で国を再建するんだと国民は燃えた。
     最初の数年は、四国の援助を借りて、やっと国が成り立っていた形であったが、すぐに国としてひとり立ち出来るまでになった。
    「鬼堂……見えるか? お前の愛した女性の名前を冠した国が今、完成した」
     眼下に広がる国を見つめ、雷洞がこぼした。
    「今、この時をもって、寿恩、奉西、武鋼、東蘭、籠南の五国による同盟、連合がなされた」
     国王室に戻りながら、調印のため集まった王たちに、というよりは亡き友への報告に思えた言葉に、四国の王が頷く。
    「連合の中において国の順列は生じないが、中心国は寿恩国にする…これは全員の総意だ、受けてもらうぞ? 寿恩王」
     奉西王の思いもよらぬ言葉に驚く雷洞に、真剣なまなざしで籠南王が付け足す。
    「お前が居なければこの国も、私達の国も今頃はなかっただろう だから連合の中心はこの寿恩国になってもらおうと、実は前々から話し合っていたのだ」
    「いや、しかし…」
     困った顔をした雷洞に、武鋼王が続けた。
    「寿恩王の世間での呼び名を知ってるか? 大戦を止めた英雄、英雄王と呼ばれてるんだよ」
     がはははと笑いながら、肩を両手でばしばし叩かれる寿恩王を見て、東蘭王がくすくすと笑いながら続ける。
    「英雄王の国が中心国なら、誰も文句などないさ」
     寿恩王も、仕方ないと腹を括り、中心国となることを承諾した。
     そして、世界に平和が訪れた瞬間でもあった。



     古き国は崩れ、新しき国が建つ。
     新しき国が指し示す道、それは平和への道。
     だが、時が経てば、正義はぶつかりあい、平和は崩れる。
     正義をぶつけ合うことになる兄弟が生まれるのはこの日より二百と五十年後の話。
     古き平和が崩れた後、新しき平和は建つのだろうか?
     それを知る者は今の時代には誰もいない。

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