• 第八話 新たな絶望

  •  希望を手にしても尚、戦況は不利な事に変わりはなかった。
     神帝軍の神魔十数体相手に対し、手にした霊獣は五体、しかも四体は主を探すため消えているため実質一体のみ。
     しかし、雲は手にした武装で反撃を開始した。
     神魔と言えど、黒麒麟に仕えし者、白麒麟の力に雲自身の武の才もあってか、刀剣軍の百人隊を個別に撃破することに成功していった。
     撃破成功の一報は世界中を駆け巡り、士気をあげるのに十分な効果だった。
     各地で防衛線をじりじりとではあったが、押し上げ始めていた。
     そんな状態に神帝軍の中には、神魔を自分の力にしようと神魔と融合を図る者が出始めた。
     だが、融合を試みた者は全て神魔に取り込まれ、吸収されていき、結果神魔が力を増していった。
     兵の数は減るが、兵力は増強されていく神帝軍に再び防衛線を押し込まれていく中、四体の神魔が世界に散った。
     雲率いる寿恩国全軍と刀剣軍本隊との戦いが一進一退を繰り返す中、各地で新たな力が目覚めようとしていた。
     だが、最初に目覚めたのは希望の力ではなく、絶望の力であった。

     武鋼国の最前線付近にある町、祖壬は今の防衛線が突破されればすぐに押しつぶされてもおかしくない位置に存在していた為、町全体を不安が覆っていた。
     攻めてきている重装歩兵軍の多くが魔獣人だった事もあり、見慣れぬ神魔を、今ではそのほとんどが滅んだとされている古代種だと勘違いした情報が飛び交っていた。
     祖壬にもその情報が入り、恐怖にかられた一人の男が叫んだ。
    「町の近くに古代種の村があるぞ!」
     その言葉にあおられた者たちが次々に口走る。
    「神帝軍に参加するかもしれないぞ」
    「いや、防衛線に参加していない時点で神帝軍に違いない!」
    「奴らを神帝軍に合流させるな!」
     そんな中、その村の者たちと交流のある者たちは反対を唱えた。
    「彼らがその意を示したか? 古代種だからと攻撃する理由には」
     だが、そんな声はかき消された。
     襲われる前に襲おうという話でまとまり、準備を始める人々が、静かにその場から離れる者たちに気づく事はなかった。
     準備を整えた彼らが、古代種『破牛族』が静かに暮らす村を襲撃したのは翌日の事だった。
     突然の襲撃に、破牛族は次々と倒されていった。
    「族長は銀鈴のそばに行ってください ここは俺たちが食い止めます」
    「銀鈴、無事か!?」
     仲間に言われ最愛の人、銀鈴のそばに戻った彼が目にしたのは、すでに倒れている銀鈴だった。
    「外印……」
     銀鈴は最後に彼の名を呼ぶと、息絶えた。
    「何故だ! ただわれらが古代種というだけで……全てを奪った世界から逆に全てを奪ってやる!」
     銀鈴を抱きかかえ、泣きながら世界に復讐を誓った外印の元に一体の神魔が舞い降りた。
    「復讐する力を得られるならどんな力でも構わん……力を、力をよこせ!!」
     神魔は頷くと、ゆっくりと外印の体内へ入っていく。
     完全に体内へ入ると、闇が体を包み込み、中から融合に成功した外印が出てきた。
     その姿は全身黒毛に白毛で文様が描かれ、頭部には真横へ五cm、直角に上へまっすぐ五十cmほどの角が左右に伸びている本来の半獣半人状態に加え、手のひら、背中に二重丸が白毛で描かれていた。
     外印が手をかざし、力を集中すると黒く回転する球体が浮かび上がった。
     球体を地面に打ち込むと地面が爆ぜ、一人寝かせられるほどの穴があいた。
     銀鈴を埋葬し終わるころには一族は全て倒れ、周囲を取り囲まれていた。
     静まり返る中、ゆっくり立ち上がり左右に手をかざす。
     黒い球体が浮かび上がると徐々に大きさを増していく。
    「な、なんだ あれは?」
    「何かされる前に攻撃だ!」
     外印へ向かって放たれる魔法、矢、銃弾。
     それら全てを球体が飲み込んでいく。
    「まずはお前らから消してやる」
     球体が外印を中心に回りながら徐々に円の半径を広げていくと、囲んでいる人々を一瞬で飲み込んだ。
     半分以上が一瞬で消えたことで、場の空気は恐怖が支配した。
     我先に逃げようとする人々に手をかざし、叫ぶ。
    「消え去れ! 後悔する暇すら与えん!」
     ほんの数秒で襲撃してきた人々は完全に消えていた。
     外印はその足で、防衛している地方都市へ向かっていった。
     その都市が滅んだのはそれから数日の事だった。

     籠南国最前線の都市、普賢には、『禁忌の子』と呼ばれ、蔑まされ、迫害を受けている青年がいた。
     何かするわけでもなく、人当たりの良い青年ではあったが、『禁忌の子』というだけで迫害を受けていた。
     しかし、そんな青年に恋をし、愛し合うようになった女性がいた。
     だが、その女性はこの都市の実力者の一人娘、常に猛反対を受けていた。
     父親は『禁忌の子』である青年をどうにかする方法を考えていた。
     そこにこの大戦が起きた。
     父親にすれば好都合だった。
    「こんな大戦が起きたのも、この都市が攻められるのも『禁忌の子』がいるからだ」
     そんなことを言い出した父親に、娘は猛反発するが、聞く耳を持たない父親には届くことがなかった。
     ほかの有力者たちも賛同したことで、その青年の処刑が決定した。
     青年を処刑したところで大戦が終わる訳でも、攻撃されない訳でもないのに、誰もが『禁忌の子』を処刑することを正義と信じ、処刑すれば助かると信じ込んでいた。
    「お父さん止めて 苑慈のせいで大戦が起きたなんて言いがかりよ!」
     苑慈と呼ばれた青年が捕らえられ、これから処刑が行われようとしているギリギリまで彼女は助けようとがんばっていた。
    「明よ、お前は騙されているんだ あの男は『禁忌の子』、世界にいてはいけない存在なんだ」
     父親はそれだけ言うと、処刑の準備を進めた。
    「さあ、『禁忌の子』よ、全ての災いごと燃えてしまうがいい!」
     苑慈に向けて放たれた炎魔法がぶつかる直前、明が飛び出し、庇った。
    「明!」
     今まで静かにしていた苑慈が炎に包まれる明を見て、初めて叫んだ。
    「苑慈……生きて」
     振り返り、一筋の涙を流すも涙はすぐに蒸発し、明は灰と化した。
    「『禁忌の子』なんかと関わったばっかりに……お前のせいで!」
     処刑を命じた父親が、明の死すらも苑慈に押し付けた父親に、ついに苑慈がキレた。
    「明を死なせたのはお前だ! 生きてと彼女は言った……俺は生きて彼女を焼いたこの世界を、焼き尽くしてやる!」
     そう叫んだ苑慈の前に神魔が現れると、一帯が静かになった。
    「この世界を焼き尽くすための力をよこせ 世界に復讐する為に!」
     神魔が頷くと、神魔と苑慈が黒い炎に包まれた。
     その中から出てきた姿は、腰から黒い四本の尾を生やしていた。
     顔には隈取が表れ、自らにあふれる力を感じてか不気味な笑顔を浮かべていた。
    「ついに正体を見せたな、『禁忌の子』め」
     そんな声に笑顔は消え、キョトンとした顔で明の父親を見つめる。
    「この姿は世界を焼くために得た力の結果……この姿にさせたのはお前たちだ」
     言いながら一歩を踏み出す、ただそれだけの行為だったはずが次の瞬間、誰もが苑慈の姿を見失っていた。
     あわてて周囲を探すと、明の父親の後ろに立っていた。
     逃げようとする父親の肩に手を添えて、たった一言だけ告げる。
    「燃え散れ」
     一瞬で黒い炎に包まれた彼を助けようと、水の魔法をいっせいにかけるが効果なく、ただ見守るのみだった。
     苑慈が炎に包まれている男の前に握り拳を出し、手を開いたと同時に男が弾けた。
    「言っただろう? 燃え『散れ』と」
     ハハハと高笑いを続ける縁慈から、一斉に逃げようとする男たちに気づいた苑慈は、腕を相手に向けて伸ばし、ニィっと笑う。
    「逃がさない……蝋燭のように燃えて溶けるんだな」
     苑慈の手から火球が飛び出し、男たちの頭に直撃すると、全員動きを止めた。
     いや、止められたが正しかった。
     頭は蝋燭の炎のように燃え上がり、体には螺旋状の炎が巻きつき、縛り付けていた。
     体は一切燃えず、頭だけが燃え上がり低いうめき声があたりに響いていた。
     まさに蝋燭のように燃えている男たちは、徐々に体が溶かされているが、全て溶けるまで死ぬことを許されず長い時間かけ、絶命していった。
    「さあ、楽しい炎のショーの始まりだ 世界を焼き尽くしに行こう」
     苑慈が都市を出発した日、それは都市が地上から跡形もなく消えた日でもあった。

     東に位置する東蘭国諸島最東端に位置する町、奥延には黒い噂が流れていた。
     町長が皆から集めた金を私利私欲に使い、一部の商人と癒着しているというものだった。
     その最中で大戦が始まったことにより、町民の怒りは爆発寸前、町長を自分たちで倒そうとする動きまで出始めていた。
     焦った町長はとっさに、町に滞在していた旅一座へ全ての罪をなすりつけ、一座全員を捕らえた。
    「私どもはただの旅一座、そのような覚えございません!」
     座長は身に覚えがないと何度も訴えるが却下された。
     彼らは生贄、罪を背負って死んでもらわねば困る町長にしてみれば訴えなど聞くわけがない。
     あっという間に彼ら旅一座は罪人に仕立て上げられ、処刑の日もすぐに決まった。
     この決定に異議を申し出た者までもが、手引きした仲間として捕らえられてしまった。
     自分たちの運命を悟った座長は仲間、そして捕らえられた他の人たちに願いを申し出た。
    「せめて一番若い実林だけでも逃がしてやりたい 頼む、協力してくれないだろうか」
     皆が顔を見合わせ、頷いた。
    「十四歳は死ぬには若すぎるな 俺たち一座の最後の軽業魅せてやりましょう」
     実林は自分だけ逃げるなんて嫌だと反対したが、皆に説得され、泣く泣く承知した。
     手順としては至極簡単、縄抜けを得意とする者三名がまず己の縄をとき、一人がまず暴れかく乱し、その隙に他の二人が腕に覚えのある者四名の縄を解き、さらにその四名が暴れる。
     その間に人間砲丸投げのコンビの縄を解き、実林を抱いた砲丸役を砲丸投げし、飛んだ先で砲丸役が実林の縄を解き、逃がすというものだった。
     そして処刑当日、処刑場に連れ出された者たちは一列にならばされた。
     その際、意図的にだが気づかれずに、実行しやすいように並んだ。
     刑が執行される直前、準備をする為に全員が背中を見せた瞬間を狙って、実行に移した。
     次々と暴れているが全員、実林に振り返ると笑顔だった。
     コンビが準備整う頃には半分が倒れていたが、後悔の念など一切ない笑顔で倒れていた。
     実林を抱いた砲丸役が外へ投げられた瞬間、投げる役の魔獣人の体を槍が貫いていた。
    「実林を頼むぜ……」
     それだけ言うと笑顔を浮かべ、倒れる。
     実林の縄を解き、安全な場所までは送ろうとしていた砲丸役を、投げられた槍が貫いた。
    「くっ……ここからは実林、一人で逃げるんだ なぁに大丈夫、町を出れば安……全だから」
     笑顔で実林を頭を撫でると、逃げる時間を稼ぐ為、兵に突っ込んでいった。
     町から逃げ出すことに成功した実林だが、歩みを止める。
    「なんでみんな……私の周りから笑顔が消える どうして? ……ソウカ、ワタシガコンドハウバウバン」
     泣いていた顔から表情が消え、冷たい顔になると空から神魔が降ってきて神魔と融合する。
     辺りに吹雪に包まれた後、出てきたのは髪の毛が全て氷の蛇となった少女であった。
     少女が町に戻ると一時間もせずに黒い噂のあった町は美しい町となっていた。
     全てが凍りついた美しい町に……。

     西方の国、奉西国にある村祭音は一人の地主が実権を握っていた。
     それは村にある教会にまで伸びていた。
     教会の壁画を主に描いていた若い画家にとってかわり、突然絵を描きたいと言い始めた息子に壁画を描かせる様に圧力をかけ、それががきっかけで青年画家は収入源を失った。
     腕が上の者に代わるならまだ諦めもつこうが、その腕は酷いものであった。
     そんな者に仕事を奪われたことで人生の意味を見失い、己を消そうとしていた青年に、復讐をするよう囁く魔獣がいた。
     『復讐』、そんな言葉が頭に渦巻いている青年の体に、魔獣は寄生することに成功した。
    「こいつの体を使って暴れてやる」
     ニタァと笑う青年の声は魔獣の声であった。
    「全て消し去ってやる」
     魔獣の声と青年の声がかぶった時、神魔が目の前に現れた。
    「金に踊らされる愚かなる者を消して復讐する力が欲しい」
     その声に神魔は透明になり、風が辺りを包み込む。
     風が止むと、中から美しい翼が生え額から角が生えた青年が現れた。
     青年はそのまま地主の家に赴くと、翼から一斉に羽が飛び出し、家を壊していく。
     地主一家が慌てて飛び出してくると、ニタァと笑いを浮かべる青年に、以前の面影を見つけたのか叫ぶ。
    「き、貴様はウェイン!? 一体何の真似だ!」
     ニタァとまた笑うと告げた。
    「あんたが先に俺から奪ったんだろう? だから取り返しにきた」
     面影が残っているとはいえあまりの豹変振りに一家は怯えた。
    「か、金か!? 金ならくれてやる だ、だから助け」
     その言葉が最後まで紡がれる事なく、地主は羽で打ち抜かれ倒れていた。
    「あんたらが『くれてやる』必要はない 俺が代わりに奪ってやる」
     一晩で地主一家は消え、教会までも消え去った。
     翌日には祭音までも消えていた。



     欲望が恐怖をうみ、新たな絶望が生み出された。
     対抗しうる希望は生み出されるのか……。
     まだ希望を生み出せる世界なのか……。
     それを知る者は誰もいない。

    ページのトップへ戻る  NOVELトップページへ戻る  トップページへ戻る