• 第伍話 生姜焼きと坦々麺はどっちが美味い……?

  •  あの蜂起の一件から二ヶ月後、王は雲の傷が完全に癒えた頃合をはかり、龍と雲の二人に同時に休暇を与えた。
     二人を一緒に休ませることで、すれ違ってしまっている想いを少しでも修正したいという狙いだったのだが、結果として兄弟が一緒に出かけられるのは久々で、その思いを知ってか知らずか、二人は街へ一緒に出かけて行った。
    「久々ですねー、兄さんと一緒に街へ出かけるなんて」
    「前に出かけたのは何年前だろうなぁ……今日はゆっくり楽しむか」
     旅団長としての見回り仕事ではないため、二人とも軽装で遊びに繰り出していた。
     午前中から色々と見て歩き、太陽が真上に差し掛かるくらいになった頃に二人は昼食を取るために、一軒の店へ入って行った。
    「んー……ここの店は生姜焼きが旨いんだよな、生姜焼きにするか」
    「いやいや、こっちの坦々麺も美味しいですよ」
     龍が生姜焼きは旨いと言うと、メニューを見ていた雲は雲で麺も旨いと対抗する。
     本当に楽しそうに昼飯を選んでいた二人をゆっくりと、だが確実に少しずつ周囲を囲んでいく男たちの影があった。
    「兄さん……」
    「あぁ、わかっている」
     そんな存在に気付かない二人ではなかった。
     だが軽装で武器がなかったので、様子見を決め込んでいた。
     周囲にいたほかの客も減り始めた頃、男達は行動を起こした。
    「禁軍の龍と雲だな、お前たちの命を貰い受ける」
     主犯格らしい男が軽く右手を挙げると、龍と雲のそれぞれ左右から剣を抜いた男達が近寄り、剣を振り上げた。
     龍は椅子ごと倒れ後転をし、振り下ろされた剣を避けるとその状態から椅子の背もたれを掴むと右へ叩きつけ、右側にいた男の足を払う。
     足を払われ倒れる男の右手から剣を奪い、左側の男に投げつけると、倒れていく男の後頭部を掴み、思い切り床に叩きつけた。
     投げられた剣を弾くギィンという音と、床に叩きつけられるドガッという音がほぼ同時に響いた時、龍の左手が左側にいた男の左顔面を逆手に掴んでいた。
    「ハァッ!!」
     半円を描くように左手で相手を力技でなぎ倒し右足で相手の足を払うと、相手の体が宙に浮き、地面と平行になった。
    「吹き飛べっ!!」
     叫ぶと同時に、右の掌に集めて球状にした魔力を相手の無防備な腹へと叩き込み、力を解放する。
     解放された魔力は男の腹をえぐりこむように回転しながら飛んでいき、男を壁へめり込ませて消えていく。
     雲はというと、机の上に前転で乗り上げ刃をかわすと、お茶のはいった急須を右側にいた男へ投げつける。
    「くっ!?」
       上体を反らしとっさに避けている男を無視し、その場で旋回をして右の後ろ回し蹴りで左側の男の剣を蹴り飛ばす。
    「貰ったぁ!!」
     体勢を崩していた右側の男が体勢を立て直し、再び剣を振り下ろそうと構えるが、雲が後ろ回し蹴りの勢いをそのまま使って放った左足の一撃を顎に受け、そのまま崩れ落ちた。
     左側にいた男と、宙に浮いたまま向き合う形になった雲は、最初に放たれた蹴りで剣を弾き飛ばされ、勢いで跳ね上げられた腕を右手で掴み、机の角を左足で踏み込む。
     と回転軸を横から縦へと切り替え、男の顎を下から蹴り上げたまま一回転をすると、机でまた踏み込み、今度は逆回転をする。
     顎を蹴り上げられ、顔面から倒れようとする男の後頭部へ逆回転をしてきた雲の踵落としが決まり、加速させられた男の頭は床へと思い切り叩きつけられた。
     龍と雲が左右の男を倒すのに要した時間は4,5分であった。
    「俺たちの命がなんだって?」
     龍がふぅっと軽く息を吐きながら、主犯の男を睨みつける。
    「兄さん、避けて」
     声に反応してとっさに右へと避けると、頬をかすめて机が飛んでいき、主犯の男へぶち当たった。
     雲が蹴り飛ばしたのだ。
    「雲……次からはもう少し早めに言ってくれ」
     避けるのが遅かったら自分ごと吹き飛んでいただろう机を見て、龍は冷や汗をかきつつ雲に呟いた。
    「ほら、早く言うと相手にもばれますし……兄さんならきっと避けるだろうと確信していましたから」
     目をそらしながら話す雲を見て、絶対確信なんてしていなかったなと思う龍だった。
     が、次の瞬間そんなことを考えている暇はなくなった。男に当たったはずの机が戻ってきたのだ。
    「ちぃっ!?」
     右の裏拳で机を粉砕すると、飛んできたほうを睨みつける。
    「まさかこんなものでこの私を倒せると思っていたんじゃないだろうな」
     (いや、まさか机投げられただけで倒されるような男が主犯っていうのはないでしょう……)
     両腕を突き出し、カッコよくきめているつもりのような男に、ツッコミは心にとどめた雲だった。
    「それでお前達は何者だ?」
     立っているのはすでに主犯の男とそれに従う者4名ほどであったが、主犯の男がニヤッと笑うと残りの男達が襲い掛かってきた。
     龍と雲は倒した敵から奪った剣を構えると迎え撃つ。
     何度目かの金属の交錯音が響くと、最後の男が雲の蹴りで吹き飛んでいた。
     男が飛ばされた先には倒れた机があり、その後ろから一人の男の子が慌てて逃げ出してきた。
     騒ぎに巻き込まれ、タイミングを失って逃げ遅れていた子がいたのだ。
    「しまった!?」
     男の子の存在に今まで気付かなかった失態に舌打ちしながら、慌てて男の子を守るために飛び出す雲。
    「貰った!!」
     男の子を守るために敵に見せてしまった背中をバッサリと斬られ、一瞬崩れ落ちそうになるがなんとか持ち堪え、男の子を安全な場所まで運ぶと、怯える男の子の頭をそっと撫でる。
    「怪我はないかな? もう大丈夫」
     ニッコリと笑うも、やはり傷は浅くはなく、そのまま崩れ落ちる。
    「雲!! しっかりしろ!!」
     雲を庇う立ち位置へと動きつつ、敵から目を離さないで構え続ける。
     反応が鈍い雲の気配を背中に感じて龍がとうとうキレた。
    「貴様等……楽に死ねると思うなよ!?」
     怒りに呼応して構えた二本の剣から、風の魔力が異常なまでに吹き上がっていた。
     右手の剣を軽く振り下ろすとヒュッという音と同時に、床に亀裂が走る。
     龍のキレた力を目にした主犯の男が初めて顔を蒼くした。
    「ま、まさか……ここまでの力だとは聞いてな…」
    「まずは斬ったその腕……貰い受ける」
     男が言い終わる前に、龍が静かに話しかける。
     次の瞬間、雲を斬った男が叫び声をあげる。
    「がああああああああああああああああ!?」
     両腕が一瞬で斬りおとされたのだ。
    「次は貴様の腕だ」
     主犯の男は、咄嗟に逃げようと後ろの窓を開けた。
     否、開けたつもりだった。
     だがそれは、叶うことのなかった。
     窓を開けようとした腕が、床にむなしく落ちているのを目にした時、自分の死を悟った。
     なみだ目になりながら振り返った男が見たものは、自分めがけて飛んでくる風の刃だった。


    「雲、しっかりしろ 今救護班がくるからな?」
     敵を無力化させ、伝令蜂で報告、救護班の要請をしていた龍は、雲にしっかりしろと話しかけた後で、倒れている主犯の男のほうへ目をやる。
    「くぅ……一思いにやれ……ぅ」
     まだ主犯の男は生きていた。
    「貴様には聞く事がある……それまでは生きていることを悔やむんだな」
     男が言った一言『聞いていない』という言葉にひっかかりを覚え、生かせていたのだ。
     報告、要請の連絡をいれて数分で救護班と敵を捕縛するための部隊が到着した。
     応急処置が施されるとすぐさま雲は治療室へと運ばれていく。
    「とんだ休暇になったもんだ……あ、結局生姜焼きと坦々麺どっちが美味かっただろう」
     一人残った龍は、空を見上げ呟くと、やれやれといった感じで城へと戻って行った。



     悲劇へと繋がる階段をまた一段
     登った先に待ち受けるのは何なのか
     まだ誰にもわからないこと……
     階段を登っていることすら誰も知らないのだから

    ページのトップへ戻る  NOVELトップページへ戻る  トップページへ戻る