• 君だけの英雄 ―R Side Story―

  • 「私大きくなったらお姫様になる!」
     少女の頃、きっと誰もが持った夢。
     普通それは、ただの夢物語。

     幼稚園の頃、私は同じ幼稚園の友達とどんなお姫様になるか、そしてどんな王子様がいるのか夢見あった。
     小学校になっても皆とお姫様ごっこをしてよく遊んだ。
     だけど、高学年になる頃、周りの友達は夢物語を閉じた。
     でも私は終わらせない。
     だって約束をしたもの。
    「理沙ちゃんはほんわかしてるよね」
     ほんわかっていうのがどんなことを言っているのかわからなかったけど、気にしなかった。
    「でも気がつくといつも理沙ちゃんって孝治くんの後ろいつもぱたぱたついていってるよね」
     そういって皆は笑うけど、馬鹿にされてるとかじゃなく、楽しそうに笑う。 「理沙ちゃんは孝治くんのこと好きなんだもんね」
     誰にも言ってないのになんでばれてるんだろう……思わず顔が赤くなってしまう。

     中学にあがり、出来たのが心の教育の一環として夢を語り合うという授業。
     私は、お姫様になるという夢を話した。
     私が夢を語り始めた途端、教室の皆の顔は、幼稚園の時にお姫様になるって親に言った時のあの顔になった。
     小さい子の夢物語は可愛いよねっていうようなあの顔……私は夢物語じゃないもん!
     それから私はよりお姫様になることを決意した。
     どうしたらお姫様になれるのか相変わらず分からないけど……。
     孝治くんは忘れたのか夢を捨てたのか笑わなくなってしまった。
    「待ってよー、孝治くん」
     いつも一人でいる孝治くんの後ろをついてまわってた。
     何処の高校に行くのか聞いても教えてくれなかったから、先生に聞いてみたら学区外の高校を選んでいることを教えてくれた。
     私も絶対にそこを受験して一緒の高校生活を送るの!
     二人で合格発表を見に行って、孝治くんも私も合格している事が分かったときは凄く嬉しかった。
    「一緒の高校に行けるね」
     孝治くんは照れているのか怒っているのか無視して帰り道を歩いていく……やっぱり怒ってるのかな……約束忘れたのかな。
     さっき、親に報告した時に孝治くんも合格したことを報告した後からずっとむすっとしてる。
     孝治くんのお母さんも一緒にいるってお母さんが言ったから、孝治くんも一緒に受かって喜んでいるって報告をしたのに。
     でもこれで、高校にいっても今と変わらず、後ろをぱたぱたと追いかけられるし、いつか約束守れるもん。

     高校にはいってからも孝治くんはやっぱり一人だった。
     だけど行き帰りは一緒してくれる、やっぱり約束覚えてるのかな……?
     私は美術部にはいった。
     何かお姫様っぽいかなって思ったんだけど、何か違うって周りから言われる。
     違うのかな……。
     高校にはいってから言われるようになったのが天然……絶対違うもん!
     学年の可愛い子ランキングを男の子が作っていると聞いて、常に上位になるように努力した。
     だってお姫様なら上位にいないと、だものね。
    「早く片付けしないと孝治くんが怒っちゃう……暑いからアイス奢れとか絶対言われそう……」
     本格的な夏を迎えて、今日も凄く暑いのにもう1時間は待たせちゃってる。
     他の皆も片付けして、出る準備が終わってる。
    「鍵締めやるから先言っていいですよー」
     先輩にそう伝えて、鍵を預かる。
    「気をつけて帰ってね」
    「理沙は大丈夫ですよ、美和先輩 だっていつも門のところで彼氏が待ってますから」
     高校にはいって友達になった結衣ちゃんがとんでもないことを言い出した。
    「か、彼氏じゃないもん!」
     顔を真っ赤にして慌てる私を見て、にやにや笑う美和先輩と結衣ちゃん。
    「はいはい、暑いんだから余計にあつくさせないでよねー」
    「あまり待たせると怒っちゃうよー」
     そんな事を言いながら部室を出て行った美和先輩と結衣ちゃん。
    ――もう、結衣ちゃんったら! 今度パフェ奢らせるんだから!――
     そんな事を考えながら片づけをしていたら、またドアが開いた。
     何か忘れ物かなと思って振り返ったら男の先輩が3人立っていた。
    「美和先輩に用ですか? もう帰っちゃいましたけど……」
     左右にいた2人だけ、少しあきれた感じで苦笑しながら話しかけてきた。
    「いや、こいつが君に用があるらしくてな」
    「俺らは付き添いというか……見物?」
     今一要点が掴めないでいると、真ん中の人が近づいてきた。
    「理沙ちゃんって言うんだろ 好きになったから付き合えよ」
     突拍子もない事を言われたせいで、手に持っていたキャンパスを落としてしまった。
    「まあ……突然言われたらそうなるよな」
    「それでいつも振られてるのに懲りねぇよな……」
     いつの間にか横にいた二人が部屋の端っこで完全に見学体制になってた。
    「ごめんなさい 好きな人がいるので付き合えません」
     私は孝治くんが好きだから、付き合うことは出来ない。
    「135回目の失恋、おめでとう」
    「毎回言ってるけど無理強いするなら、俺たちが殴るからなー」
    ――悪い人たちじゃなさそう……良かった――
     そう思った矢先、告白してきた人が腕を掴んできた。
    「やめてください」
    「かたいこと言わずにさ、付き合ってくれよ」
    「いやです!」
     腕を振り払ったけどまた腕を掴んでくる。
    「いいじゃねえか、デートに付き合えよ」
    「さっきからお断りをしてます、孝治くん待たせてるから早く退いてください」
    「つれないこと言うなよ その孝治くんもきっとOK出してくれるからよ」
    「やっ、離して 孝治くん助けて!」
    「その孝治くんも来てはくれないぜ」
     無理強いをしてくる人に対して、仕方ないという感じで2人が動こうとした時だった。
     ドアが一気に開けられた。
     そこ居たのは孝治くんだった。
    「手を離せ!」
     孝治くんが助けに来てくれた、そう喜んだのもつかの間、孝治くんをしっかりと睨み付けていた。
    「もう一度言ってみろ 今何て言ったんだ?」
     思い切り孝治くんを脅し始める。
    「手を放せって言ったんだよ、デブ」
     多分いつもの孝治くんなら言わないような言葉。
     でも、なんだろう……昔の孝治くんを思い出した。
    「んだと手前ぇ!」
     殴りあいというより、一方的に孝治くんが殴られて倒れた。
    ――私のせいで孝治くんが!――
    「孝治くん、孝治くんー!」
     倒れた孝治くんに慌てて走り寄る。
     結局いつも孝治くんに迷惑かけて、今もこんなぼろぼろになって……お姫様になんてなれないねこんなんじゃ……。
     その場に座り込んで孝治くんの名前を叫びながら、思い切り泣いてる私。
    「どんなに呼んだって孝治くんは暫く寝てるぜ」
     また私の腕を掴もうと伸ばされた腕を、孝治くんが起き上がって払いのけた。
    「だから理沙に汚い手で触れんじゃねえよ、ブタ野郎」
     目の前で殴られて倒れた孝治くんが立ち上がった事に、後ろの二人が驚きの声をあげる。
    「ほぉ……」
    「あれで起き上がるか」
     顔のあちこちが腫られ、ふらふらしながらも立ち上がり、私を庇っている姿に苛立ちが目に見える上級生。
    「手加減してやれば調子に乗りやがって!」
     ふらふらな状態の孝治くんが、目の前で思い切り殴られている姿を見て、私は泣くことしか出来なかった。
    「孝治くん、孝治くん!」
    「もう起き上がってこないぜ、完全に意識飛んでるはずだからな」
     孝治くんを一生懸命揺すって声をかけている私を捕まえようとまた伸ばしてくる腕。
     でもそれはまた、孝治くんが払っていた。
    「だから汚い手で理沙に触んなって言っただろ」
     なんで、そんなになって私を庇うの……。
     約束だって絶対忘れてるのに。
    「死にたいのか手前ぇ、なんでそんなぼろぼろで立ち上がる」
    「死ぬ気なんてねえよ……ただ、ガキのころ理沙に誓った事を守るだけだ」
    ――何で……? 忘れてるんじゃないの?――
    「忘れてると思ってた……」
     びっくりした顔で見つめている私を、振り返って見たときの孝治くんの顔は、昔の孝治くんだった。
    「誓った事……?」
    「理沙がお姫様になって、俺が理沙を守る英雄になる それだけだよ、オークの成れの果て」
     数秒無言が訪れる。
    「うはははははははは」
    「やっべぇ、青春だ」
     見学してた2人が本気で笑いながらこっちに歩いてくる。
     どうするんだろうと思っていたら、仲間の肩に手を置いた。
    「無理だ無理、諦めろ」
    「そうそう、英雄がちゃんと守ってるお姫様にオークの成れの果てが触れねえって」
     凄く楽しそうに笑っている2人に対して、当然といえば当然な質問をする。
    「オークってなんだ?」
     私もよく分からない……。
     んー……と少し考えてから笑顔で答える2人。
    「RPGに出てくる二足歩行のブタ」
    「場合によっては人語をのたまうブタ」
     どちらにしろブタの回答にブルブルと腕を震わしてる。
     思い浮かべてみた……似ているかも。
    「的確な表現だろ、それにお前に散々殴られても立ってるこいつはすげえって」
    「俺らはこいつの味方になるぜ? これ以上やるなら俺らが相手になるぞ」
     最初に言ってた通り、この人たちは止めようとしてくれるみたい。
    「ちっ……わかったよ 悪かったな」
    「ほんと、ブタは惚れやすい上に強引に事を進めようとするから問題になんだよ」
    「ブタじゃねえ!」
     ふてくされながら教室を出て行く人とその友達。
    「そうそう、俺は笠間 こいつは佐田 で、このブタが但馬」
     廊下の端からブタじゃねーという叫び声がするけど気にしない。
     孝治くんを散々殴ったんだからそれくらい当然よ……多分。
    「何か困ったことあったら俺らの名前出してくれ 今回の侘びってわけじゃないけどな」
    「悪かったな 後でちゃんと病院行けよ、英雄さん」
     3人が教室から出て行った事で、突然倒れこむ孝治くん。
    「孝治くん!」
     慌てて抱きかかえるように起こす。
    「いててて……ずいぶんと格好つかなかったなぁ こんなんじゃ約束は守れてねぇな」
     苦笑する孝治くんの頭をゆっくり撫でながら、孝治くんを見つめる。
     涙目で孝治くんがにじんでる……。
    「ううん……しっかり約束守ってくれたよ、凄く格好良かったよ」
     孝治くんが私の涙を拭こうと手を伸ばすから両手でしっかり握って微笑む。
    「孝治くんは立派な私の英雄だよ」
     英雄に助けて貰うほどの価値のあるお姫様になれたのかどうかは……今度孝治くんに聞いてみよう、告白という形で。

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