• 君だけの英雄 ―K Side Story―

  • 「ボクは大きくなったら絶対、英雄になる!」
     少年の頃、きっと誰もが持った夢。
     そう、そしてそれは……現実味を持たない、ただの夢。

     幼稚園の頃、ボクは同じ幼稚園の友達とヒーローになる夢を語り合った。
     どんなヒーローになるか笑いあった……はずだった。
     小学校になっても最初のころは、ヒーローになる夢を語り合い、笑いあっていた。
     だけど、5年生になった時、周りの友達は突然夢から覚めた。
    「まだヒーローになるとか言ってるのかよ」
    「こんな玩具ずっと持ち歩いて恥ずかしくないのかよ」
     いつものように、憧れているヒーローの玩具を持って、友達に夢を語りかけた。
     それだけだった……そう、いつもなら楽しく笑いあう会話が続くはずだったのに、突然それは起きた。
     夢を貶され、玩具を壊された。
    ――なんで? ヒーローになるのは悪いことなの?――
     貶されてもボクは夢を諦めなかった。
     ヒーローになる為には、悪いことには立ち向かわなければならない。
     いじめが横行した時も、果敢に立ち上がった。
     結果……ボクは先生に怒られた。
     皆が楽しく遊んでいたのを邪魔したとされた。
     どんなに訴えても聞き入れてくれなかった。
    ――正義は悪に勝つんじゃないの?――
     それでも中学にあがってすぐの頃までは、ヒーローになる夢を捨てなかった。
     夢を捨てる決定的な出来事が起きるまでは……。

     中学にあがり、心の教育の一環として夢を語り合うという授業が出来た。
     そこで俺は、嬉々として夢を語った。
     そう、ヒーローになるという夢を。
     だけど、俺が夢を語り始めた途端、教室に起こったのは失笑、嘲笑だけだった。
    「いつまで幼稚な夢を語っているんだ もっと現実を見ろ」
     肝心の担任までもが、俺の夢を幼稚と貶した。
     俺はその日、ヒーロー、英雄になるという夢を捨てた。
     それから俺は一切笑うことをしなくなった。
     誰もが俺から離れていった。
     それで構わなかった、一人のほうが楽だった。
    「待ってよー、孝治くん」
     いや、一人だけずっとついてくる奴がいた。
     隣に住んでいる幼馴染の理沙。
     こいつだけはずっと俺の傍から離れていこうとせず、何処に行ってもぱたぱたと後ろからついてくる。
     離れようと、わざわざ学区外の高校を選んだのにも関わらず、理沙もそこを受験しやがった。
     合格点ぎりぎりで合格した俺に対して、はるかに高得点で合格した理沙。
    「一緒の高校に行けるね」
     満面の笑顔で話しかけてくる理沙。
     俺は親に報告する必要すら無くなったので、無視して帰り道を歩く。
     さっき理沙が、親に報告した時に俺も合格したことを何故か報告したのだ。
     俺の親はお前の親じゃないぞ……そういう意味を込めた視線を送ってやったが、何故か理沙には違うように取れたようで親に、孝治くんも一緒に受かって喜んでいると報告をしていた。
     俺のお袋も一緒にいたようで、報告する必要が無くなったというわけだ。
     これで高校にいっても今と変わらず、理沙が後ろをぱたぱたとついてくる生活には変わりが無いことが決定したようなもんだ。

     高校にはいってからも案の定、理沙は後ろをぱたぱたとついてきた。
     しかも幼馴染なのだからと、行き帰りのお守りも命ぜられた、最悪だ……。
     部活なんて俺は一切無視して入らなかったのに、理沙が美術部にはいったせいで部活が終わるまでずっと校門のところで待たされる日々。
     理沙は天然がはいってほんわかしているのに、この学年の可愛い子ランキングで常に1、2位に位置する……らしい。
     変な虫がつかないように見張る役目も命ぜられた、断れば小遣い減給……本当に最悪だ。
    「しっかし今日は遅いな……暑いんだから早くしろよ……」
     本格的に夏を迎えているため、炎天下の下で俺はかれこれ2時間立っている。
    ――本当に暑い……アイスでも奢らせるか――
     そんな事を考えていた時だった。
     校門に向かってきている3人組みの会話が耳にはいってきた。
    「あの子も可愛そうに」
    「あいつらに目をつけられたら逃げられないだろうな」
    「1年の可愛い子ランキングでいつも1位か2位にいるからなぁ」
    ――理沙か……? まさかな――
     そう思って無視しようとした時、聞きなれた名前が出てきた。
    「美術部の理沙って子だろ、確か」
     今までの俺ならそのまま放置していたはずだった。
     だけど何故か、その時の俺には無視出来なかった。
     明らかに上級生であろう3人組みに掴み掛かっていた。
    「それって何処で見た? 何時? 早く教えろ!」
     凄まじい剣幕で掴み掛かってきた俺に、多少慌てるも嫌な顔せず怒らず、教えてくれた。
     お礼も言わずに走り去っていく俺の後方から声がかけられた。
    「頑張れよー」
    「格好良く助けろよ、ヒーロー」
    「青春だねぇ」
     そんな声に反応せずにひたすら走る。
     息があがる、肺が痛い、歩きたい、止まって深呼吸したい、休みたい。
     様々な感情が湧き上がるのに一切止まらず、走り続ける俺。
     湧き上がっては消えていく感情の中、一つだけ消えずに今の原動力となっているものがある。
    ――懐かしい気がするこの感情……ずっと昔何処かに捨ててきたような……――
     目の前を誰かが走っている事に気がついた。
     すぐにそれが何かに気づいた。
     小さい頃、憧れていたヒーローの後姿だった。
     ピンチに陥っているヒロインや仲間を、皆を助けに行くときに走っていた、あのヒーローの後姿が目の前にあった。
     一瞬振り返り、俺を見て微笑んだ……気がした。
     いや、確かに微笑んで、俺に語りかけていた。
    「諦めるな、諦めなければ必ず、護ると誓った人は護れる」
     だんだんヒーローのスピードが落ちてきたのか俺が追いつき始める。
     いや、違う……俺の走るスピードがあがっていた。
     ヒーローに追いつき、完全に姿が重なった時、後ろから知っている声が聞こえた。
     知っていて当然だ、後ろから聞こえてくる声は紛れも無く俺自身の声。
     見えているか、夢を貶された俺。
     今、俺はヒーローになる為に走っている。
     感じているか、夢を捨てたあの日の俺。
     その夢を実現させるために走っているこの鼓動を。
     校門から一番遠い教室、そこが美術室。
     まだ離れているにも関わらず、中の声が聞こえてくる。
    「いいじゃねえか、デートに付き合えよ」
    「さっきからお断りをしてます、孝治くん待たせてるから早く退いてください」
    「つれないこと言うなよ その孝治くんもきっとOK出してくれるからよ」
    「やっ、離して 孝治くん助けて!」
    「その孝治くんも来てはくれないぜ」
     ノックもせずに一気にドアを開ける。
     目の前に飛び込んできた光景、それは理沙の手首を掴んで、無理やり連れて行こうとしている男と、少し離れた位置で笑いながら見ている男2人。
    「手を離せ!」
     突然美術室に飛び込んできた上に、手を放せと叫ぶ下級生に従うわけも無く、俺をしっかりと睨み付けてきた。
    「もう一度言ってみろ 今何て言ったんだ?」
     脅しをかけて黙らせようとする雰囲気たっぷり漂う姿に、以前の俺なら確実にそのまま応じて教室を出ていっただろう。
    「手を放せって言ったんだよ、デブ」
     致命傷的な一言を言ってしまった気がするが、もう後にはひけない。
    「んだと手前ぇ!」
     まあ、突然乱入してきた下級生にデブ言われたら普通怒るよな……。
     案の定、殴りかかってきたデブの一発目はかわすものの、二発目で捕まった。
     その後は悲惨なもんで気づけばぼこられて倒れていた。
    「孝治くん、孝治くんー!」
     倒れてる俺に理沙が走り寄ってくる。
     理沙が泣いている声がする……誰だ、泣かせた奴は……。
    「どんなに呼んだって孝治くんは暫く寝てるぜ」
    ――泣かせた奴はお前か!――
     頭の中で何かがキレ、理沙の腕を掴もうと伸ばしている手を、起き上がって払いのける。
    「だから理沙に汚い手で触れんじゃねえよ、ブタ野郎」
     確実に落ちてておかしくないほどに、目の前でぼこられた男が立ち上がった事に、後ろの二人が驚きの声をあげる。
    「ほぉ……」
    「あれで起き上がるか」
     顔のあちこちを腫らし、ふらふらしながらも立ち上がる姿に苛立ちがピークになるブタ。
    「手加減してやれば調子に乗りやがって!」
     ふらふらな状態で避けたり耐えられるわけも無く、あっさりとぼこられて倒れる。
     大体なんでいまさらヒーローになろうなんて思ったんだ俺……。
     そんな疑問が頭によぎった時だった。
     目の前に小さい頃の俺がいた。
    「夢は叶った?」
     夢……英雄になるって夢か?
    「違うよ もっときちんと思い出して」
     違う? 俺は確かに英雄になるって夢を誓った……誰に?
    「そう、ボクたちは誰かに誓ったんだよ、英雄になることを」
     誰に……分かりきっている事だ、理沙以外に居ない。
    「うん、理沙ちゃんに誓ったんだよ きちんと思い出して」
     確か互いの夢で誓い合った……理沙の夢は、お姫様になること?
    「もう一息だね 頑張って思い出して」
     俺は……そうか、思い出した。
    「思い出したんだね、じゃあ何をするべきかわかるね」
     ああ、大丈夫、約束は守らないといけないな。
    「孝治くん、孝治くん!」
    「もう起き上がってこないぜ、完全に意識飛んでるはずだからな」
     理沙を捕まえようとまた伸ばしてくる腕を、俺は起き上がって払っていた。
    「だから汚い手で理沙に触んなって言っただろ」
     腫れまくってるせいでほとんど目も塞がり、ふらふらな状態で立ち上がる俺をさすがに気持ち悪く思ったのか動きが止まる。
    「死にたいのか手前ぇ、なんでそんなぼろぼろで立ち上がる」
    「死ぬ気なんてねえよ……ただ、ガキのころ理沙に誓った事を守るだけだ」
     理沙自身もその言葉に驚いた表情を見せる。
    「忘れてると思ってた……」
     あー……数秒前までしっかり忘れてたけどな。
    「誓った事……?」
    「理沙がお姫様になって、俺が理沙を守る英雄になる それだけだよ、オークの成れの果て」
     数秒無言が訪れる。
    「うはははははははは」
    「やっべぇ、青春だ」
     後ろでずっと見ていた二人が本気で笑いながらこっちに歩いてくる。
     加勢されるとばかり思っていたが、二人は仲間の肩に手を置く。
    「無理だ無理、諦めろ」
    「そうそう、英雄がちゃんと守ってるお姫様にオークの成れの果てが触れねえって」
     凄く楽しそうに笑っている二人に対して、当然といえば当然な質問をするデブ。
    「オークってなんだ?」
     んー……と少し考えてから笑顔で答える二人。
    「RPGに出てくる二足歩行のブタ」
    「場合によっては人語をのたまうブタ」
     どちらにしろブタでしかない回答にブルブルと腕を震わすブタ。
    「的確な表現だろ、それにお前に散々殴られても立ってるこいつはすげえって」
    「俺らはこいつの味方になるぜ? これ以上やるなら俺らが相手になるぞ」
     なんだかよくわからんが、この二人はブタを止めようとしているらしい。
    「ちっ……わかったよ 悪かったな」
    「ほんと、ブタは惚れやすい上に強引に事を進めようとするから問題になんだよ」
    「ブタじゃねえ!」
     ふてくされながら教室を出て行くブタとその仲間。
    「そうそう、俺は笠間 こいつは佐田 で、このブタが但馬」
     廊下の端からブタじゃねーという叫び声がするが気にしないでおこう。
    「何か困ったことあったら俺らの名前出してくれ 今回の侘びってわけじゃないけどな」
    「悪かったな 後でちゃんと病院行けよ、英雄さん」
     3人が教室から出て行った事で、緊張の糸が切れたのか倒れこむ俺。
    「孝治くん!」
     慌てて理沙が抱きかかえるように起こしてくる。
    「いててて……ずいぶんと格好つかなかったなぁ こんなんじゃ約束は守れてねぇな」
     苦笑する俺の頭をゆっくり撫でながら、涙目で俺を見下ろす理沙。
    「ううん……しっかり約束守ってくれたよ、凄く格好良かったよ」
     涙を拭こうと手を伸ばす俺の手を握って微笑む。
    「孝治くんは立派な私の英雄だよ」

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